阪田マリンエッセイ連載 第12回「『焼肉 平和』よ、もう一度」/時游性活~ネオ昭和の魅力~

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/15

さて皆様、明日世界が終わるとしたら最後に何を食べますか? 最後ですので、考えてしまいますよね。ママが作ったハンバーグ? 筑前煮? やはり最後はお袋の味が恋しくなるのでしょうか。しかし、私は即答で答えます。焼き肉です。

父が大好きな『焼肉 平和』という店が天王寺にあって、外見も店内も本当にレトロで。看板がとくにいい味を醸し出してまして、あーもうこの看板のさびれ具合からして美味い店に違いないと確信したのだ。

1階はひとりでも楽しめるカウンター席、2階は掘りごたつ、3階は確かテーブルだったかな。混んでる時は2階に案内されるが、基本的に1階のカウンターで食べることが多かった。

父が初めて連れてきてくれたのは私が高校生の時、私はそれまでホルモンを特別美味しいと感じたことはなかったのだが、その日注文した「ホルモン盛り合わせ」を食べて、ホルモンが大好物へと変わった。

ミノ、キモ、ツラ、テッチャン、心臓、マルチョウの盛り合わせで、全部タレ味を選択した(味濃いのが好きなんですよ)。もともとタレが付いているのにもかかわらず、焼いた後にも追いタレをして、ライス大盛りにマルチョウをダイブさせた…。ほほぅ、真っ白なコメの上に秘伝のタレとアブラが染み込んでよだれが止まらない。いざ! 時はきた! 米とマルチョウを口の中に運ぶと、もうそれはそれはそれは!!!! 言葉では言い表せない、じっとしていられないうまさだったので、ガッツポーズをしながら咀嚼した。

タレが凄く濃くて甘いのだが、それが臭みのないプリップリでジューシーなマルチョウとマッチングして米が進む進む。たった一切れでライス一杯がなくなってしまう勢いだ(今この文章を書きながら私はよだれが止まらないよ)。『焼肉 平和』のホルモンにハマってしまった私は学校のテストが終わった日や、誕生日や、イベントがあればいつも「焼肉平和に連れてって!」と父に頼んで連れていってもらった(パパありがとう)。

私は「社会人になったら飽きるまで毎日焼肉を食べ続ける」という夢をひそかに抱いていた…。そして時は流れ、私は23歳になった。そろそろ実行するときがきたかもしれないぞ、ひとり焼肉は少しハードルが高かったのだが「人目気にしてちゃあ人生損をするぜ」「ひとり焼肉できる女ってカッコいいよな」などと、かっこいいセリフを頭で並べながら入店の覚悟を決めた。

私はあまりお酒が好きではないが、いつも頼むウーロン茶はひとりで頼むと子供すぎる。なめられちゃいかんと思い矢沢永吉が好きなウイスキーコークを頼み、ゴクゴクと飲む。うーーん私、カッコいいな。永ちゃんだな。と酔いしれた。

ホルモンの味もいつも通り美味しくて美味しくて、本当に飽きないので翌日も「飽きるまで毎日焼肉を食べ続ける」という夢の続きを実行することにした。そして『焼肉 平和』に毎日続けて通い、4日目が過ぎた日の夜。私の胃と腸はついに悲鳴を上げてしまったのだ。それさえ無ければ味にもホルモンにも飽きていないし、まだ通いたかったのに。私の身体が「肉はもう受けつけないぞ」「限界だ」と言ってしまった。そして何より…ガスが…止まらなかった…。これ以上言ってしまうと私のキャラが崩壊してしまうので、皆様のご想像にお任せします。

でも、ひとつ夢がかなえられたので嬉しかった。4日連続焼肉平和に行けたことはギネス世界記録に記載されるだろう、などと馬鹿げたことを考えながら満足気分を味わっていた。

しばらく『焼肉 平和』へ行くことはお休みしていたのだが、天王寺に買い物に行ったときに、久々にまたホルモン食べたいな〜、やはりあの味忘れられんな〜と思い出した。私の足は『焼肉 平和』に向かっていた。そこで私が見た光景とは…なんと…。

閉店の張り紙…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ

ショックで、足が地面に張りついたように動かなかった。おいおい勘弁してくれよ、もうあの秘伝のタレも味わえないしレトロな店内も見れないってワケ!? タレだけでご飯が食べれたのに…。2024年12月28日で閉店とはね。私が慣れ親しんで愛したお店は呆気なく無くなってしまった。でも後悔はなかった。身体が受けつけなくなるまで連続で通えたから(泣)。

私は明日世界が終わるなら、最後の晩餐に『焼肉 平和』のホルモンとタレとライス大が食べたいです。愛を込めて…シーユーアゲイン…。

<第13回に続く>

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