丁寧に仕事を教えてくれた先輩だったが、営業成績を追い越した頃から態度が変わる/恋より仕事と決めたけど④

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/25

恋より仕事と決めたけど』(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)第4回【全11回】

「可愛げがない」とフラれ続けた神崎志都(かんざきしづ)は、恋は諦めて独身謳歌のため仕事に邁進中。しかし志都が最も苦手な人たらしの爽やかイケメン・真城昴矢(ましろこうや)とご近所になってしまう。その上、仕事で支えてくれる甘やかし上手な昴矢にタジタジ。これは恋まであと一歩!? 恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の焦れキュンオフィスラブストーリー『恋より仕事と決めたけど』をお楽しみください!

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『恋より仕事と決めたけど』
(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)

 連休中に届いたメールをチェックし、優先順位の高いものから返信する。その中に、何度となく営業をかけている和食レストランからの好意的なメールがあり、月曜日特有の軽い憂鬱が吹き飛んだ。

 先ほど真城さんたちも話していたが、パンドラパントリーが扱う主力商品のひとつにはワインがある。価格も質も世界各地でずいぶん異なるが、国内営業部で私がリーダーを務めるワインプロジェクトのチームでは、甲州をはじめとする日本産ワインを厳選して仕入れ、レストランやバー、ワイン専門店などに販売している。

 メールをくれたのは和食とワインのペアリングを売りにしている人気店で、料理長は少し気難しい男性なのだが、しつこく足を運んだ甲斐があったようだ。

 実際に購入するかどうかはまだわからないが、改めてうちが仕入れたワインを試飲したいという依頼のメールだった。

 ワインを何本も持参することになるから、誰かに同行してもらった方がいいだろう。

 パソコンから視線を上げてオフィス内を見渡し、チームメンバーの姿を探す。すると、ちょうどひとりの同僚と目が合った。が、反射的に目を逸らしてしまう。

 あの人には話しかけづらいな……。

 すぐさま他のメンバーを探したが、みんなすでに出かけてしまっていた。

 ……やっぱり〝彼〟に頼むしかないみたい。

 いくら気まずくても、個人的な感情で同僚を避けるのも大人げないよね。

 少し躊躇ったものの、覚悟を決めて立ち上がる。

「針ヶ谷さん、少しいいですか?」

「なに? 忙しいんだけど」

 迷惑そうなそぶりを隠そうともしないのは、私の二年先輩で真城さんと同期の針ヶ谷仁。『忙しい』と言いつつスラックスのポケットにサッとしまったスマホは明らかにゲームの画面だった。

 今は見る影もないが、私が入社した当初は教育係をしてくれたこともあって、当時一番お世話になった人物である。

 大手企業パンドラパントリーの営業というだけあって、先輩には男女ともに仕事も恋愛もお手の物、みたいなタイプが多く、学生時代からそういうキラキラしたグループが苦手だった私は、入社したばかりの頃完全に気後れしていた。

 学生の頃はふんわりそういう人たちと距離を置くことができたけれど、会社ではそうもいかない。営業職なら私も彼らのようないわゆる〝陽キャ〟になるべきかと、かなり真面目に悩んだくらいだ。

 教育係の針ヶ谷さんもそのキラキラ一派に属していて、最初は当然身構えた。けれど、実際に仕事を教わると意外に親しみやすく、教え方も丁寧だったから、勝手な先入観を抱いていたことを反省。

 それからは、私のミスで残業に付き合わせてしまった後なども優しく励ましてくれる彼に自然と尊敬の念を抱いたし、社内で一番信頼できる存在になりつつあった。

 ……が、次第に私の営業成績が彼を追い越すようになると、針ヶ谷さんの態度がおかしくなり始めた。仕事にあまり協力してくれなくなり、小さな嫌味をぶつけてくる回数が日に日に増え、一昨年私がプロジェクトのリーダーという役職を与えられた時は、『男より仕事って感じだもんな』とあからさまな嫌味を言われた。

 彼を尊敬していた分ショックも大きくて、キラキラしている人に対する抵抗感がむしろ強化されてしまった。どんなに優しく有能そうに見えても、自分のプライドとか面子を潰されそうになると攻撃的になる針ヶ谷さんのような人もいるんだと思うと、つい警戒してしまう。

 みんながみんなそうとは言えないだろうけれど、彼の態度が急変したことは、少なからず私の心に影を落とした。

 また、同じ時期には付き合っていた恋人ともうまくいかなくなっていて『お前はたくましすぎる』だの『もっと男を立てろ』だの似たような文句ばかりぶつけられていたから、私はどこにいても目の上のたんこぶみたいな存在なんだなと、傷ついた胸の奥でぼんやり思った。

 とはいえ、いちいち気にして落ち込んでいたら身が持たない。彼らの言うように私はたくましいのだと虚勢を張って、同僚の嫌味も冷たい態度も、受け流していくしかない。私は小さく息を吸い、針ヶ谷さんをまっすぐ見据える。

「新しく取引先になってくれそうなレストランからメールがあったんです。文面を見る限りかなり前向きな感触で、できれば色々な種類をお勧めしたいので、試飲会当日の補助をお願いできますか? 資料は私が用意しますので」

「補助ねぇ……。先輩を顎で使うとは、ホントにえらくなったもんだな。そこまでして営業成績を上げたい貪欲さには恐れ入るよ」

 あからさまな皮肉を言う針ヶ谷さんに、愛想笑いが引きつる。しかし、言い返してわざわざ自分まで同じレベルに堕ちることはない。見ている人はきっと見ているだろうし、彼のような人はいずれ淘汰される。

「あまり気が進まないようでしたら、他のメンバーに頼みます。先方にネガティブな空気感が伝わってしまっても困りますし」

 針ヶ谷さんと話しているうち、むしろそちらの方がいいのではと思えてくる。彼との仲がぎこちなくなってからふたりだけで動く仕事は初めてだが、想像した以上に心労が溜まりそうだ。

「別に、やらないとは言ってないだろ。俺だって公私混同はしない。馬鹿にするな」

 だったら、なぜさっきはわざわざ『忙しいんだけど』と嫌な顔をしてみせたのか。

 思わず突っ込みたくなるが、ぐっとこらえる。それと一緒に『できれば断ってほしかったな……』という本音も一緒に心の奥に押し込めた。

「そうですか。では……」

「日程が決まったら教えてくれ。仕方ないから手伝ってやるよ」

「わかりました。よろしくお願いします」

「ん」

 こちらは深々と頭を下げたのに、針ヶ谷さんは目も合わせずに適当な生返事をした。

 彼とは本来仲間であるはずなのに、新規の顧客に営業をかけるよりよほど疲れた……。誰にも聞こえないほどのため息をつき、オープンスペースの席に戻る。

 先ほどのメールに返信を済ませると、週末の売り上げを確認するため、自分が担当する取引先各社へと向かった。

<第5回に続く>

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