休憩室から聞こえてきた自分の陰口。落ち込んでいたらイケメン社員に気づかれた?/恋より仕事と決めたけど⑥

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/27

恋より仕事と決めたけど』(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)第6回【全11回】

「可愛げがない」とフラれ続けた神崎志都(かんざきしづ)は、恋は諦めて独身謳歌のため仕事に邁進中。しかし志都が最も苦手な人たらしの爽やかイケメン・真城昴矢(ましろこうや)とご近所になってしまう。その上、仕事で支えてくれる甘やかし上手な昴矢にタジタジ。これは恋まであと一歩!? 恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の焦れキュンオフィスラブストーリー『恋より仕事と決めたけど』をお楽しみください!

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『恋より仕事と決めたけど』
(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)

 営業部へ戻ると、先ほどの件を追及したくて針ヶ谷さんの姿を探したが、席を外していた。とりあえず彼が戻るまでは自分の仕事をしようと、デスクに向かう。

 各取引先の売り上げ実績をまとめ、それが終わったら試飲会の資料作り。

 会社で取り扱う商品の情報は、資料室にまとめてあるから取りに行かなくちゃ。

 椅子から腰を上げ、廊下に出る。

 和食に合うワイン……。せっかくだから、王道の商品の他にもあの気難しい料理長をハッとさせるような一本も加えたいな。

 商品情報はデータ化されたものがパソコンの中にも揃っているが、なにを隠そう私はアナログ人間。画面の中に並んだファイルから目的のものを探す作業が苦手で逆に時間がかかってしまうので、情報が必要な時はいつもこうして資料室に足を運ぶ。

 若手社員たちにはその感覚が理解できないようで、私だって彼らと同じ平成生まれなのによく『昭和っぽい』とからかわれる。

 もちろんそれくらいで傷つきはしないけれど、古いものを〝古いから〟という理由だけで馬鹿にするのはもったいないことだと思う。

 こんな考え自体、やっぱり彼らにとって『昭和っぽい』のだろうけれど――。

 物思いにふけりつつ、廊下を進む。そして資料室の手前にある休憩スペースの横に差し掛かった時だった。

「なんて言うか、仕事を頼むにしても、もっと言い方があると思うわけ。アイツに仕事を教えたの、俺だよ? そこんとこの感謝が足りない」

 ふいに針ヶ谷さんの声が聞こえて耳がぴくっと反応する。思わず廊下を引き返して壁に身を隠し、チラッと様子を窺う。コーヒーマシンを囲むようにして立っているのは、針ヶ谷さんと営業部の後輩の女性ふたりだった。

「確かに。でも、それでこそ神崎さんって気もしません?」

「わかる~。男も女も先輩も後輩も関係なし! あそこまで仕事に全振りで生きられるの、逆に尊敬しちゃいます」

「カッコいいよね~。自分はああはなりたくないけど」

 後輩たちの発言を聞き、針ヶ谷さんが噴き出したように笑う。私のことを一緒になって馬鹿にできる相手がいて、楽しくて仕方がないみたいだ。

 気にせずここを飛び出していって、余裕の表情で「お疲れ様」とでも言えたらいいのに……足が重くて動かない。

「あれが働く女性の理想だなんて思わない方がいいぞ。上司からの受けはよくても、世の男たちみんなからそっぽを向かれて終わりだから」

「わーん、それは困ります~」

「そんな状況で生きていけるの、神崎さんだけだよね~」

 彼らの蔑みを含んだ笑い声を聞いていられなくて、私は足音を立てないようにその場を離れた。行きたいわけでもなかった化粧室で時間を潰し、しばらくしてもう一度休憩スペースを通りかかった時には、三人ともいなくなっていたのでホッとした。

 ……これしきで落ち込むなんて、私もまだまだだな。

 資料室のドアを開けると、明かりがついていて先客がいた。

 書架にもたれてファイルを開き、目を伏せてなにか読み込んでいた彼が、ドアの音に気づいて顔を上げる。

「ああ、神崎さん。お疲れ」

「真城さん……。お疲れ様です」

 軽く挨拶した後、すぐに目を逸らす。

 彼が近所に引っ越してきたから気まずいというだけでなく、営業部の誰よりキラキラしたオーラを纏う彼はやっぱり苦手だ。針ヶ谷さんのことで痛い目を見た経験のせいもあるが、このところ恋愛を避けているのもあって、男性全般に免疫が弱くなっている気がする。

 真城さんの存在を意識しないようにしながら、国産ワインの資料が並んだ棚の方へ足を進める。そして、彼の前を横切った時だった。

「……なにかあった?」

「えっ?」

「元気がないように見えるけど」

 心を読まれたようで、ほんの少し瞳が揺れた。エリートな彼だから察しがいいのか、それとも私がわかりやすい顔をしていたのか。どちらにしろ弱気なところは見せたくない。

「そんなことありませんよ」

 軽く微笑んで、彼の前を通り過ぎる。

 本当は棚の前でじっくり資料を吟味したかったけれど、真城さんとふたりきりの空間では集中できそうになかったので、とりあえず手あたり次第ファイルを抱え、営業部に戻ってから選別することにした。

 A4サイズのファイルを十冊ほど抱え、来た時と同じ位置にいる真城さんの前を「失礼します」と横切る。

 その直後、彼が近づく気配がして、手の中のファイルが半分以上奪われた。

「えっ? あの」

「手伝う。ひとりでこんなに運んだら腰やるぞ」

「いえ、結構です。私、体は頑丈な方なので」

「だとしても、男の俺の方がもっと頑丈。そろそろ戻ろうと思っていたから、ついでだよ」

 真城さんはさっさとドアを開けると、再びドアが閉まらないよう背中で支えながら私が通るのを待つ。

 断ろうにも断れない状況になってしまい、急いで部屋の外に出た。

 こうして誰かに仕事を手伝ってもらうのは久しぶりだ。

 さっき耳にした針ヶ谷さんや後輩たちの会話の通り、営業部のみんなは私を強い女だと思っていて、どうやら近寄りがたいようなのだ。

 真城さんは長く海外に行っていたから、まだその雰囲気に気づいていないだけだと思うけれど……弱っていたタイミングだったから、不覚にも絆されてしまう。

 並んで廊下を歩きだしたところで、恐縮しながら彼に頭を下げた。

<第7回に続く>

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