評価してもらえて嬉しい! 仕事を頑張っていると海外営業部へ異動の声がかかる/恋より仕事と決めたけど⑧

文芸・カルチャー

公開日:2025/3/1

恋より仕事と決めたけど』(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)第8回【全11回】

「可愛げがない」とフラれ続けた神崎志都(かんざきしづ)は、恋は諦めて独身謳歌のため仕事に邁進中。しかし志都が最も苦手な人たらしの爽やかイケメン・真城昴矢(ましろこうや)とご近所になってしまう。その上、仕事で支えてくれる甘やかし上手な昴矢にタジタジ。これは恋まであと一歩!? 恋愛小説レーベル「ベリーズ文庫with」から刊行の焦れキュンオフィスラブストーリー『恋より仕事と決めたけど』をお楽しみください!

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『恋より仕事と決めたけど』
(宝月なごみ:著、大橋キッカ:イラスト/スターツ出版)

差し伸べられた手

 翌朝、私は眠い目を擦りながらマンションの部屋を出て、下行きのエレベーターを待っていた。残業の疲れが抜けずに寝坊したので、いつも家を出る時間より十分遅い。

 ……昨日、ちょっと頑張りすぎたかな。

 あくびを噛み殺し、到着したエレベーターに乗り込もうとしたその時。開いたドアの向こうに、見知った顔の男性がいた。

「おはよう、神崎さん」

 朝から爽やかな笑顔を浮かべるのは、同僚の真城さん。すっかり気を抜いていたので、慌てて姿勢や表情を正す。

「お、おはようございます。いつもこの時間に出勤ですか?」

「いや、結構バラバラかな」

「……そうですか」

「俺と出る時間をずらしたい、って思ったんだろう」

 図星を突かれ、かすかに動揺した。

 否定しようかとも思ったけれど、彼には昨日、針ヶ谷さんとの言い争いを見られているし、落ち込んでいたのも見抜かれていた。察しのいい人なので変にごまかさない方がいいかもしれない。

「家を出てすぐ同じ会社の人に会うのって気まずくないですか? まだ出勤用の自分に切り替わる前で油断しているっていうか」

「そう? いつものカッコいい神崎さんだと思うけど」

 うちの営業部でそれこそ一番と言っていいほど〝カッコいい〟存在である彼に言われても、説得力がまるでない。むしろ茶化されている気がして、眉をひそめてしまう。

「いつもって、真城さん帰国したばかりじゃないですか」

「そうだけど、昨日一日で結構きみの人となりはわかったつもりだよ。それに引っ越しの日に会った時、ランニング帰りだっただろ? 休日に運動する習慣があるなんて、自己管理のできている女性なんだなって感心したんだ」

 そう言って微笑む真城さんは眩しいくらいにキラキラしているが、褒め言葉を素直に受け取れない。あの日はすっぴんで彼と話していたことに後から気づいて後悔していただけに、皮肉だろうかと穿った見方をしてしまう。

「また営業トーク。それ、きっと職業病ですね」

「……そんなつもりは一切ないんだけどな」

 真城さんが苦笑した直後、エレベーターが一階に到着した。

 よかった。ふたりきりの空間からやっと抜け出せる。

「私、先に行きますね。出勤が同時になって、また針ヶ谷さんに変な風に思われたら面倒なので」

「えっ? ああ、そうだな……」

 なんとなく曖昧な返事をする真城さんを残し、私はさっさとエレベーターから降りて早足で駅に向かう。

 会社の先輩と同じマンションに住んでいるのって、やっぱり少し気まずい。

 それに、仕事以外で男性と接触するのが久しぶりすぎて、いちいち反応に困ってしまう。相手が無自覚の人たらしである彼だからなおさら。

 でも、私がどんな反応をしたところで男性にとっては〝かわいくない〟のだから、気にするだけ無駄。仕事モードに頭を切り替えなくちゃ。

 言い聞かせるように胸の内で呟き、駅までの道を急いだ。

 

 雑念を振り払うように午前中は事務作業に集中し、昼休みを迎える直前。私は上司に呼ばれ、パーテーションで仕切られたミーティングルームへとやってきた。

 立ったまま向き合っている相手は、国内・海外の両営業部を束ねる浅井部長。オールバックの髪に黒縁眼鏡、優しげな垂れ目がトレードマークの四十七歳。

 部下にも一律敬語で接するなど物腰がやわらかく、褒め上手で優しい上司だ。人を動かすのもうまいので、彼に頼まれるとどんな仕事でも断りづらく、つい引き受けてしまう。

 そんな彼に個別で呼び出されて、なにか特別大変な仕事を命じられるのではないかと身構えてしまった。

「部長、お話というのは……?」

「ええ。単刀直入に言いますと、新年度から神崎さんを海外営業部のメンバーに加えようかと思っているんです。きみに頑張る気持ちがあるのなら、ぜひどうですか?」

 切り出された話が想定外すぎて、ただ大きく目を見開いた。

「海外営業……」

 いつかは自分もその一員になって、世界を相手に商談をして、大きな契約を勝ち取る。それはパンドラパントリーで働くうえで大きな目標だったけれど、いざそれが実現しそうになると、臆してしまう。……私にその実力があるのだろうか。

 でも、こうして部長が声をかけてくれたということは、客観的に私の仕事が評価された証拠。不安がないと言ったら嘘になるけれど、その期待に応えたい。

「ぜひ、お受けしたいと思います」

 エリート揃いの集団の中ではきっと埋もれてしまうくらいの実力しかないだろうけれど、その中で存分に揉まれて、もっと成長したい。

「神崎さんならそう言ってくれる気がしました。それじゃ、上に話を通しておきますね。正式な辞令が出るまでは、一応内密にお願いします」

「承知しました。部長、本当にありがとうございます……!」

「いえ。神崎さんの実力ですよ」

 これまでずっと自分の仕事を見てくれていた上司に評価してもらえて、思わず涙ぐみそうになる。

 しばらく喜びを嚙みしめてからミーティングルームを出ると、なぜか針ヶ谷さんが待ち伏せたようにそこにいた。

「あの、なにか?」

「別に」

 彼はジロジロと私の姿を上から下まで観察した後、無言で顔を背け、自分のデスクに戻っていく。

 ……なんなの。話を聞かれてたわけじゃないよね?

 彼の態度は激しく気になったけれど、いつものように嫌味を言われたわけでもないので、不気味に思いつつも気にしないことにする。

 正式に辞令が出て異動となれば、針ヶ谷さんともようやく離れられる。期限があると思えば、彼とのギスギスした関係も大したことではない。

 向こうもきっと、いい厄介払いができたと思うだろう。

「頑張ろ」

 海外営業部では遠方の国への出張や長期の駐在もあるから、恋人がいない身軽な状態でちょうどよかった。きっとうまくいくことばかりじゃないけれど、私を推してくれた部長の恩に報いるために、プライベートも捧げる覚悟でこのチャンスをものにしよう。

<第9回に続く>

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