「壊れていないなら直すな」がモットーの町で、自分を直し続ける友達。2人の少女の対比を描く、小説すばる新人賞受賞の物語【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/2/26

グッナイ・ナタリー・クローバー須藤アンナ/集英社

「壊れていないなら直すな」というのが、小説『グッナイ・ナタリー・クローバー』(須藤アンナ/集英社)の主人公が住む町、チェリータウンのモットーだ。何かが変だ、と思っても、決定的な間違いでなければ、たちゆかなくなるほどの故障じゃなければ、そのまま放置されてしまう。ひとたび壊れてしまったら、二度と元には戻らないものが、世の中にはこんなにもたくさんあるというのに。小説すばる新人賞を受賞した本作は、そんな町の情景を通じて、誰もが抱いたことがあるであろう絶望と、そこから這い出そうとする人たちの姿を描き出す。

 誰も、何も、直さない町の治安がいいはずもなく、チェリータウンはいつも軽犯罪に溢れている。13歳のソフィアが無事でいられるのは、酒場を経営する父が町一番の人気者だから。その威光が守ってくれるかわりに、ソフィアは日々、父からの暴力に怯えている。兄は無関心だし、母は自分が助かるために子どもたちを置いて、家を出た。そんな、ひとりぼっちで味方のいないソフィアの前に現れたのが、近所に住む老人のもとに預けられた風変わりなナタリー・クローバーだ。

 ナタリーは一週間ごとに違うしゃべり方や装いをして、せっかく築いたはずのソフィアとの関係もリセットしてしまう。せっかく親しくなっても、翌週はまたゼロからのスタート。大事なことは日記に書き残してあるというけれど、面倒なことには変わりがない。それでもソフィアは、自由気ままに町を歩きまわり、自分だけの「地図」をつくるのだという彼女と毎週、出会い直して「友達」になる。それは、たとえ人格が変わっても、ナタリーの本質が、根っこに流れるものが、何も変わらないから。そしてソフィアはどんなナタリーと出会っても、同じように言葉をかわして、理解しようとつとめる。誰かを信頼するというのは、そういうことなのだと二人の関係を通じて思う。

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 ナタリーが新しい自分を生み出し続けるのは、自分が壊れてしまう前に「直し」ているともいえるし、決定的に壊れてしまったからこそ、元通りにはならない自分のままでどう生きていくかを模索し続けているともいえる。どちらにせよ、同じ場所にとどまり続け、窮屈な「自分」のまま日々を重ねるしかないソフィアとは正反対だ。ナタリーと出会ったことでソフィアは、誰からも干渉されない新しい「自分」を生み出すことができるのだと知る。そして、ただ壊れる日を待つしかない現実から抜け出して、生き延びようとする力を手に入れていくのだ。

「バイバイ」は人を突き放す最低の言葉だから、きらい。未来がどうなるかなんて誰にも分らないから「また明日」も、いやだ。一日の最後の挨拶は「おやすみ」がいちばんいいとソフィアは言う。大切な人に会えなくなるのも、今の自分に別れを告げるのも、断絶ではなくただの休息に過ぎないと思えば、一歩を踏み出せるような気がする。「おやすみ」は、そんなやさしい勇気をくれる言葉なのだと、タイトルに重ねて、じんわりした想いがこみあげる。

文=立花もも

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