『コンビニ人間』村田沙耶香が描く、新しいディストピア。女性の負担を代わりに担う“ピョコルン”がいる世界の、空っぽ人間の物語【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/3/5

世界99 上下巻セット村田沙耶香/集英社

 女として生きるのはつくづく不利なことばかりなのだから、せめて妊娠とか出産とかそういう肉体的にも精神的にも大変なことは、女ではない別の誰かが担ってはくれないものかと思ってしまう。そう考える私は甘すぎるだろうか。誰だって一度はそんなことを考えるのではないだろうか。少なくとも私はそんなことを一度ならず、そう考えたことがある。

 だから、村田沙耶香が『世界99 上・下』(村田沙耶香/集英社)で描く世界に一瞬「これは、もしかしたら理想の世界なのかも」と思ってしまった。この本で描かれるのは、妊娠・出産をはじめとするそういう大変なものを、別の生き物が担ってくれる世界。では、その世界は素晴らしい世界といえるのか。いや、村田沙耶香がそんな生ぬるい世界を描くはずがない。村田沙耶香の描く世界は芥川賞を受賞した『コンビニ人間』(文春文庫)をはじめ、いつだって読むものを不安の渦に陥れるが、特に本作は別格。ここに描かれるのは、まさにディストピア。上下巻に分かれたこの本を手にとった時、そのボリュームに圧倒されるかもしれないが、「読み切れるだろうか」だなんて不安は杞憂。ページをめくれば、あっと言う間にその理想的で絶望的な世界に瞬く間に引きずりこまれてしまう。

 この物語の中心となるのは、ピョコルン。「パンダとイルカとウサギとアルパカの遺伝子が偶発的に組み合わさって出来上がった生き物」と言われ、ふわふわの白い毛、つぶらな黒い目、甘い鳴き声、どこを取ってもかわいい動物だ。当初はペットに過ぎなかったピョコルンだが、やがて技術が進み、人間はピョコルンで性欲処理を行い、ピョコルンに子どもを産ませ、その能力でできる範囲で最大限の子育てや介護まで行うようになる。女性の負担をピョコルンが担い、世の中はようやく平等になるはずだったのだが……。

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「ピョコルンはいいなあ。ずっと可愛いもんね。生まれ変わったらピョコルンになりたいなあ。人間の女はだめだよね、あっという間に見られたもんじゃなくなるもんね」
「そうそう、ピョコルンに比べると人間の女なんて本当、家事くらいしか使い道ないよな」

 ただでさえ、ピョコルンという動物が不気味でたまらないのに、この本で描かれる世界はそんな会話がまかり通る差別的な世界だ。女性蔑視は当たり前。おまけに、とあるDNAを持つ人物に対する人種差別的な風潮まである。そんな世界を、性格を持たず、感情もよく分からないまま生きるのが、この物語の主人公・空子。空っぽな彼女は、いつもコミュニティ内の人間の性格を「トレース」して、その空気に「呼応」し、その場にふさわしい人格を作り上げることで、この差別的な世界を「安全」で「楽ちん」に暮らしている。「そらちゃん」「空子お姉ちゃん」「キサちゃん」「プリンセスちゃん」「姫」「教祖」「おっさん」……。空子は、コミュニティごとに分裂し、次々とキャラクターを生み出していくうちに、世界も分裂していく。

 そんな空子の暮らしを、ピョコルンがいる世界を、どう捉えればいいのか分からず、困惑してしまう。空子の世界は私が理想だと思っていた世界のはずだった。それなら、どうしてこんなにも心はざわつき、落ち着かない気分になるのだろう。空子の持つ狂気を理解できてしまう自分と、理解したくない自分とがせめぎ合い、心臓がばくばくと音を立てる。……苦しい。脳と全身と魂が全力で酸素を求め、喘ぐようにページをめくり続けた。

「世界は粒子だと思う。いつのまにか吸い込んで、身体の一部になっている」

 そんな一文を読みながら、この本を吸い込んだ私は一体どんな姿になっているのだろうかと恐ろしくなってしまった。人間の性格と記憶、コミュニティ間の差別、フェミニズムとケア労働、加害と被害、正義と傲慢、他者との断絶……。まだ読み終えた後もこの本の衝撃の余韻は残り、ピョコルンのいる世界に今もまだ溺れ続けている。あなたも、村田沙耶香の現時点のすべてが詰め込まれたこの作品を読みながら、理想の暮らしとは、理想的な生き方とは何かに思いを馳せてほしい。溺死させられるような読書体験を、あなたにも。

文=アサトーミナミ

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