丸山正樹『夫よ、死んでくれないか』が連続ドラマ化!女性が置かれる社会的立ち位置を赤裸々に描く、衝撃のミステリ小説【書評】
PR 公開日:2025/3/12

互いに愛し合って結婚したはずなのに、いつの間にか気持ちがすれ違い、気がつけば取り返しがつかないほど関係が破綻してしまう。こんなことは、夫婦間においてさして珍しい話ではない。
丸山正樹氏によるミステリー小説『夫よ、死んでくれないか』(双葉社)は、夫婦間で起こるトラブルを軸に、女性が社会進出する上で課せられるさまざまな弊害をリアリティあふれる描写で綴っている。そんな本書が、このたび文庫化された。さらに、2025年4月7日(月)よりテレ東系にて連続ドラマ化されるとの発表も。安達祐実、相武紗季、磯山さやかがトリプル主演を務めるという。
丸山氏といえば、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文藝春秋)や『慟哭は聴こえない』(東京創元社)などの作品で知られるように、綿密な取材を経て社会課題を仔細に描く作風が際立つ。本書のタイトルはこれまでの作風から一線を画すが、作品の軸にある思いは変わらない。著者曰く、『夫の死に救われる妻たち』(ジェニファー・エリソン、クリス・マゴニーグル/飛鳥新社)と題するノンフィクションが本書執筆のきっかけになったという。
隠れ家的バー「FREEDOM」で集まる女性三人組が、本書の主な登場人物である。甲本麻矢、加賀美璃子、榊友里香の三人は、バーに集まっては互いの日常生活の鬱憤を吐き出していた。自身の夫を「ガーべ」(英語のgarbageの略で、生ごみや残飯の意味)というあだ名で呼ぶほど嫌悪する友里香は、夫のモラハラや育児への非協力的な態度についての愚痴が止まらない。麻矢も同じく、夫婦関係がすっかり冷めきってしまった夫への不満をこぼし、離婚して仕事に邁進する璃子は、仕事のストレスを打ち明ける。
互いの弱音や愚痴に共感し合い、励まし合う三人の関係は、おしなべて良好に見える。物語は一貫して、夫とのすれ違いに悩む麻矢の視点で進んでいく。友里香の夫があからさまなモラハラを発揮するのに対し、麻矢の夫は言葉足らずで、それゆえにコミュニケーションに亀裂が生じているように見受けられた。
大学時代に同じサークルに所属していた彼女らは、大学1年の夏、サークル合宿の折に経験した“トラブル”を機に、固い友情で結ばれた。
“「私たち三人が力を合わせれば、何でもできる」”
この言葉を胸に、グループLINEでのやり取りや定期的な集まりでストレス解消を図る彼女らは、不甲斐ない夫たちに対してたびたび同じ言葉を口にする。「死んでくれないかしら」――ただの軽口だと、そう思うだろうか。否、特に友里香に関しては、強い願望を抱いてこの台詞を吐き出している。家族なのに、と思う人もいるだろうが、かつて友里香と同じ立場だったことがある私からすれば、むしろ「家族だからこそ」こぼれてしまう本音であると思う。
2019年度の厚生労働省の調査では、離婚件数は約20万9,000件にものぼり、日本の離婚率は35%前後といわれている。そのような現代においても、やはり離婚へのハードルは高い。子どもがいれば尚更だ。
結婚、妊娠、出産を経てキャリアに影響が出ずに済む女性はほぼ稀で、多くの女性はキャリアを絶たれ、産後、同じ部署に復帰することが叶わぬ事例も多い。子育てにかかる費用が莫大なことに加え、離婚調停の裁判に数十万〜数百万円の弁護士費用がかかることもある。
本書に登場する友里香もまた、結婚を機に退職してからは正規の職に就いていない。娘の結菜を保育所に預けてパートに出るも、月々の収入は月に7万円程度。離婚に二の足を踏むのも無理からぬことだろう。だからこそ、他力本願で願ってしまうのだ。夫との別離を。もっと直接的にいえば、夫の死を。そして、事件は起こった。いわば“事故”ともいえる不測の事態の先で起こる出来事は、否応無しに三人組の人生を巻き込んでいく。
夫婦の関係を円滑に保つためには、相互理解が欠かせない。「言わなくても伝わるだろう」は大抵伝わらないし、相手の誠意や努力を軽んじるほどに気持ちは離れていく。たとえ面倒でも、いや、面倒なことほど、向き合うことから逃げてはいけないのだ。ただし、向き合うこと、話し合うことが不可能な相手もいる。その場合、「離れる」のもまた選択肢の一つである。
社会課題は、あらゆる場所に潜んでいる。「夫婦関係の軋轢」。一見さもないことに思えるが、ここにもさまざまなジェンダーバイアスやハラスメントが隠れている。家族という狭く閉じられた空間で起こる問題に光を当て、押し込められた声を拾ってくれた著者に、かつて元夫からのモラハラに苦しんだ一人として、心からの感謝を伝えたい。“女というだけで理不尽な思いをしなければならない”現状に立ち向かう力をくれる本書が、さらに広く届くことを切に願う。
文=碧月はる