川谷絵音「他人に適当なことを書かれるくらいなら自分で書く」。幼少期から現在までの“事件”を綴った初エッセイ、執筆の裏側【インタビュー】

小説・エッセイ

公開日:2025/3/27

●本が出来上がってみたら、めちゃくちゃ恥ずかしかった

――あとがきに「この本がこれから名詞代わりになる」と書いていらっしゃいましたが。

川谷:そうですね。ただ、いざこの本のサンプルをもらったら、人に「本、書いたんです、私」と言うのがすごく恥ずかしいなって。渡したらみんなその場でパッて開くじゃないですか。それがもうめちゃくちゃ恥ずかしいです。歌詞とかのときはなんとも思わないですけど。

――本の中には恥ずかしいエピソードとかも書いているのに(笑)。でも、そういう恥ずかしいという感覚は大事な気もします。

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川谷:恥ずかしさを感じないという人に憧れたりもするんですけど。でもやっぱり、自分はそういうふうにはできないし、恥ずかしさがあるからこそ歌詞も書けている部分があるんですよね。たぶん恥ずかしさがなかったら、ストレートな手紙みたいな歌詞になると思うし。もちろんそれが「分かりやすい」と評価される人もいるけど、僕はどうしてもそれはできないタイプなので。でも本はより分かりやすさを重視しないといけないから、それで面白い話に逃げた部分もありましたね。

――直球で自分を曝け出すみたいなのは、ちょっと恥ずかしいっていうか…。

川谷:恥ずかしいですね。いくつかそういう内面の真面目な話も書いていますが、やっぱりちょっと恥ずかしいなと思うし、それをごまかすためにネタみたいな話を入れたりしています。

――そのバランスはすごく絶妙でした。逆にその恥ずかしさがちゃんと感じられることに安心というか共感する人も多そうです。

川谷:みんなそういう話はしないじゃないですか。僕は普段からライブのMCでも結構恥ずかしいことも喋っているんですよ。ほら、「恥の多い生涯」という有名な一節があるじゃないですか(*太宰治『人間失格』)。本当にそうだと思っているし、僕は昨日の自分でも思い出して恥ずかしくなったりする。その繰り返しで、何年経っても成長しないし。分かっているのに、こんなふうに本まで書いて、それを恥ずかしいと思っているはずなのにまた繰り返してしまう。

――「恥ずかしい」が意外と快感になっていたりするのでは?

川谷:どうなんですかね。僕は、もう数時間前の自分が恥ずかしかったりしますもん。結構思い悩んだりして、そういう時間が一番長いかもしれない。昨日のこととか、一昨日のこととか、「アレ言わなきゃよかった」とか「お酒飲まなきゃよかった」とかいろいろ、そういうことばかり考えています。

――その「振り返りマインド」みたいなものが歌詞につながったりするわけですね?

川谷:そうですね。なので、この本でメモできたのはよかったとも思うんです。すごく最近のことまで書いているので、これを読めばそのとき思っていたことが分かるから、歌詞にするという点ではまとめてよかったと思っています。

――ちなみに、日記はつけていますか?

川谷:つけてないですね。一緒にバンドをやっているラランドのサーヤちゃんが「毎日日記をつけるようにしてる」と言っていたので、「つけたほうがいいな」と思い始めたんですけど。大学時代はmixiで日記を書いていたけど消しちゃったし、昔のブログも消しちゃったし、残しておけばよかったと思っています。ファンクラブの昔のブログとかは残っていて、それを見ると恥ずかしくはありますが、「こういうこと考えていたんだな」というのは分かるので、その意味では大事だなって。

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