65歳・普通の女性が映画監督の道へと漕ぎ出す。美大で繰り広げられる青春物語『海が走るエンドロール』

マンガ

公開日:2025/4/16

「人生で今が一番若い時」よく耳にするそんな言葉を、綺麗事に感じてしまう時がある。物語に登場するキラキラ輝く天才的な主人公をみて、自分は何者でもないと下を向きたくなる時もある。そんな人に、至って平凡な65歳の女性が映画監督を目指して夢に挑戦する物語『海が走るエンドロール』(たらちねジョン/秋田書店)をおすすめしたい。彼女の静かながら強い想いは、何かを作りたい人や夢を前に悩む人の背中を、優しく押してくれる。

 主人公・うみ子は、65年間日常に波を立てず、普通だけれど幸せな人生を生きてきた。夫との死別を機に、数十年ぶりに映画を観に行くことに。彼女は昔から映画館に行くと、映画よりも客席が気になってしまう。その日も上映中に客席を見渡していると、映像専攻の美大生・海(かい)と出会う。海との会話を通して、うみ子は自身が「映画を作りたい側の人間」であると初めて気付かされ、映画制作の夢に向けて船を漕ぎ出すことになる。うみ子は海と同じ美大の映像専攻に入学し、作品制作や映画祭への出品などを試みる生活が始まるのだった。

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 未経験かつ高齢のうみ子は、知識差や年齢差、才能ある若者への葛藤に悩む。それを解決するのは、天才的な何かではなく、彼女の丁寧さと重ねてきた人生経験だ。やがてその実直さが少しずつ評価され、周りの人間の悩みや気持ちも和らげる姿には心がじんわりと温かくなる。うみ子が「普通の人」だからこそ、彼女の行動が読者の心に響いてくる。

 波音や海を使った感情描写にも注目したい。うみ子の感情が昂った時は波が強くやってきて、制作に集中する時の海は孤独なほどに静かだ。繊細な波の描写を通して、読者はうみ子のこまやかな感情を追体験できる。

 何かを始めるのはいつだって勇気がいる。それでも、うみ子は未知しかない映画制作の夢に向かって船を漕ぎ続ける。うみ子の姿はきっと、私たちの心の中に眠る夢も後押ししてくれる。彼女の行き着く先がどこなのか、これからも見守っていきたい。

文=ネゴト / fumi

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