染井為人「『社会派』のつもりはまったくない」、自作は「あくまでも娯楽本」。新作『歌舞伎町ララバイ』執筆背景と物語へのスタンスを語る【インタビュー】
PR 公開日:2025/4/4
被害者と加害者の境目は紙一重。環境やふとした弾みで人はどちらにも転ぶ

――本書冒頭で、歌舞伎町の猥雑さを「ありがたい」と思う七瀬の感覚が描かれています。「まちがって生まれてきてしまった」と感じる若者が歌舞伎町に集結する理由が、この一節に詰まっていると感じました。
染井:七瀬のバックグラウンドは実話に基づいているのですが、閉鎖的な土地ほどありがちなエピソードなんですよね。狭い世界で起きるつらい現実に耐えかね、都会に出てきてようやく周りのことを気にせずに生きていける。そういう自由な空気感みたいなものが、歌舞伎町にはあると思います。
――閉鎖的な地元は逃げ場がないので、「自分のことを知っている人が1人もいない土地に行きたい」という感覚が強まるのでしょうね。
染井:そうですね。七瀬のようなつらい過去を抱える若者に限らず、生きている意味や存在意義を自分に問いただすと、どうしても苦しくなる気がします。特に若い時期は感情を持て余しても、大人みたいに“うっちゃる”ことができなくて、大人が想像する以上に苦しんでしまう若者が大勢いると思うんです。
時々、学校生活に耐えられなくて自殺しちゃう子がいるじゃないですか。大人からすれば、そんな狭い世界のことで悩まなくていいのに、卒業すれば関係なくなるんだから……と思うけど、子どもにとってはその世界がすべてだから、そこで苦しくなってしまう。ああいうニュースを見るたびに胸が痛みます。
――本作の後編では、友人を死に追いやった人物に対する七瀬の復讐劇がはじまります。元は被害者であった七瀬が加害者となる。過去作の『鎮魂』や『悪い夏』でも、このように加害者と被害者の曖昧な境目が描かれているように感じました。
染井:どんな人でも、被害者、加害者のどちらにもふれてしまうことはあると思うんです。今そうじゃない人は、たまたまそうなっていないだけで。人は、何かしらの環境や弾みでどちらにも転んでしまう。七瀬に関していうと、当然ながら彼女は絶対的な正義ではないわけですよ。彼女なりの正義を持って動いているけど、やっていることは単なる犯罪ですから。本来であれば、七瀬が罪を犯さない道もあったはずなんです。
ただ、後編で酷い目に遭う被害者たちも、人を殺してはいないものの何かしらの罪を犯している。被害者でもあり、加害者でもあるわけです。だから、その境目は紙一重なところがあると思います。
――前編は七瀬の視点で進んでいくのに対して、後編は七瀬に狙われる対象の視点で進んでいきます。視点を切り替えた理由を教えてください。
染井:七瀬以外の人物の背景を描きたかったんです。本書において、正義は誰もいません。勧善懲悪の物語でもない。トー横キッズからホストになったユタカや暴力団の構成員など、みんなそれぞれにいろんな背景があって歌舞伎町で生きている。そういう彼らの人間らしい部分を描きたいと思いました。
あとは単純に、前編を七瀬で引っ張ったぶん、彼女が姿形を変えて近づいてくるサスペンス的な面白さを入れたいと思ったのもあります。前編で重いテーマを描いたので、後編ではそれを少しエンタメ寄りにして視点を変えてみようかな、と。七瀬が魅力的なので、そういう人物を外側から描くのが好きというのもあります。『正体』では、主人公である鏑木の視点が一切出てこないんですよ。他者の視点をもとに、だんだん人物像が伝わってくる描き方が好きなのかもしれません。