野性爆弾 くっきー!「昭和後期から平成は“オレンジどろみ”時代」1980~90年代カルチャーを振り返る《インタビュー》
公開日:2025/4/9

兄妹でホッピングを回しノリし、畑にズボッと着地していた幼少期、『ビー・バップ・ハイスクール』に夢中になり、ヤンキーに憧れた中学時代、バンドブームが到来し、パンクに目覚めた高校時代──。野性爆弾 くっきー!さんが、昭和後期から平成のカルチャーを振り返る『愛玩哲学』(ポプラ社)が刊行された。当時の摩訶不思議な流行は、くっきー!さんにどんな影響を与えたのか。あの頃への思いを存分に語っていただいた。
ヤンキーブームに飲まれた中学時代、パンクに目覚めた高校時代
──『愛玩哲学』では、なめ猫、ヤンキー、キンケシ(編集部注※キン肉マン消しゴム=マンガ『キン肉マン』に登場する超人の形を模した人形)など昭和後期から平成にかけて流行ったアイテムや文化が独特の語り口で紹介されています。1976年生まれのくっきー!さんは、どんな幼少期を過ごしてきましたか?
野性爆弾 くっきー!さん(以下、くっきー!):溺愛されてたんじゃないですか(笑)。それぞれ3つ違いの兄貴と妹がいて、兄妹仲も良くて。滋賀県の田舎に生まれ育って、実家の土地も広かったんですよね。家で畑をやっておって、そこで遊ぶことが多かったです。小学校時代は『キン肉マン』が長く流行ってたかもしれないですね。
──中学になるとヤンキー文化に染まっていったそうです。
くっきー!:そうそう、ヤンキーが多い時代だったんで。もうヤンキーマンガ全盛期ですよ。『BE-BOP-HIGHSCHOOL(ビー・バップ・ハイスクール)』(きうちかずひろ/講談社)は映画も観たし、『疾風伝説 特攻の拓』(佐木飛朗斗:原作、所 十三作:作画/講談社)に『BADBOYS』(田中宏/少年画報社)、『湘南爆走族』(吉田聡/少年画報社)。パンチ系の人もおりゃ、剃り入れてる人、横髪をグワッと上げて垂らすニューウェーブと、いろんなジャンルのヤンキーが生まれ出した時代ですよ。俺は天パやから、勝手にアイパーあてたみたいになってましたけど(笑)。怖いながらも中2くらいから先輩とつるむようになって、学ランもろたりしながら徐々にヤンキーっぽく仕上げていこうとしてた時期ですね。
──『愛玩哲学』では、学ランの改造やボンタン狩りをめぐるエピソードもありました。
くっきー!:ただ、先生が怖くてね。長ラン、短ランとある中で、一番バレない中ラン、ほぼ標準に近いのをずっと着てました。俺らみたいなヤンキー憧れチームは、裏地にサテン入れて、裏ボタンを替えるくらいでしたね。

──裏ボタン?
くっきー!:学ランを留めるボタンの裏をパチっと替えられるんですよ。「天上天下」と刺繍入れるとかね。それが学ランのおしゃれやと思ってたんで、みんな入れてました。
──高校生になると、パンクにハマっていったとか。
くっきー!:一気にバンドブームが来て、「ヤンキー、もうダサいっしょ」みたいになりました。高校はブレザーだったんですけど、学ランのヤツもぶっといボンタンより標準のを穿くほうがかっこいい時期になってね。当時のバンドって、ジュンスカ(JUN SKY WALKER(S))みたいにタイトなズボンを穿く文化だったんですよ。
──では、高校の制服もそんなにいじらず?
くっきー!:そう。もともとうちの高校、めちゃめちゃヤンキー校で。近くの頭のいい高校の生徒が万引きした時、うちの高校の生徒やと疑われて、それで制服を決めようってなったんです。でも、ブリブリのヤンキーばっかりだったので、ツータックのズボンが標準服になって。いじりようがないというか、いじらんでもいじったような制服でしたね。