家族を連れ去った国の皇太子妃に!? 毒殺遺体の発見、正体不明の初恋相手…。町田そのこ氏絶賛、ドラマチック後宮ファンタジー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/4/9

後宮の悪妃と呼ばれた女浅海ユウ/ポプラ社

 高い人気を誇る「後宮小説」の魅力としては、中華風の国を舞台にしたオリエンタルな世界観や、皇帝の寵愛を競う寵姫たちが繰り広げる血なまぐさい愛憎劇が挙げられるだろう。そんな箱庭のように閉ざされた後宮に心地よい風を吹かせるのが、浅海ユウ氏の『後宮の悪妃と呼ばれた女』(ポプラ社)だ。後宮ものならではの東洋的なテイストに加えて、砂漠の国出身の王女が魅せる、後宮ヒロインのスタンダードとは異なるエキゾチックな輝きが、独自のテイストを生み出している。

 大陸の8割を占める大国・簫蘭(ショウラン)。砂漠地帯の小国・カナールで生まれた王女カディナは、祖国を簫蘭に攻め込まれ、父と兄は連れ去られて流刑地で処刑されたと噂されている。その後、カディナは簫蘭の皇太子・紘陽(コウヨウ)の妃候補の一人として、後宮に上がることになった。

 ある日、帝から最も寵愛を受けていた妃嬪が急死する。彼女の死は毒殺だとされ、下働きの宮女・泯美(ミンメイ)がその犯人に仕立て上げられた。濡れ衣で殺されそうになった泯美だが、カディナが彼女を助けようと手を差し伸べる。そして真相を突き止めるためにカディナは宦官に変装し、事件を調べ始めるのだった。

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 物語は後宮で起こるさまざまな事件を軸に、カディナの活躍と恋を描く。西洋と東洋の文化が混ざり合うカナールで育ったカディナは、幼い頃は砂漠をラクダで駆け回り、木の枝を剣に見立てて遊んでいた活発な子どもだった。そんなカディナは後宮に上がっても妃嬪の地位には興味を示さず、人の本質を見抜いて気に入った奴婢には分け隔てなく友のように接するのである。体術にも強く、ときには男たちを相手に立ち回りもみせるカディナのいきいきとした王女像は、なんとも型破りで痛快だ。

 寵姫の毒殺を皮切りに、謀反や妃嬪の流産など後宮で起こるさまざまな陰謀にカディナは関わり、事件解決のために奔走する。最初の事件の解決後に「悪妃」との評判を流されても全く気に留めず、主体的に行動する姿と芯の強さは惚れ惚れするほど格好良い。そんな彼女に魅了されて忠誠を誓う宮女・泯美との絆や、謎めいた宦官・余暉(ヨキ)との関係など、脇を固めるキャラクターとのやり取りにも胸が躍る。

 後宮の陰謀劇とともに物語の大きなウエイトを占めるのが、カディナの切ない恋物語だ。幼い頃にカディナと父は砂漠で行き倒れた母子を助け、生き延びた少年と2年もの時間を共に過ごした。だが少年はある日、安物の紫水晶の指輪だけを残して突然姿を消してしまう。恩知らずな初恋の少年を憎みながらも忘れられずにいるカディナの姿はなんともいじらしく、その後のドラマチックな再会と愛憎が入り交じる複雑な思いからも目が離せない。

 小国の王女で最下位の妃だと目されていたカディナが見つける、真実の愛とは。甘くて苦い初恋がやがてもたらす、温かな結末にも注目してほしい。

文=嵯峨景子

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