猛禽・珍獣ブームが日本の動物の未来を危うくする? 獣医と漫画家の異業種インタビュー!『僕は猛禽類のお医者さん』『珍獣のお医者さん』著者・監修者 鼎談
公開日:2025/4/12
このほど出版された『僕は猛禽類のお医者さん』の著者・齊藤慶輔氏と、ハルタで連載中の『珍獣のお医者さん』(共にKADOKAWA)の作者・二宮香乃氏&監修者・田向健一氏が、「猛禽×珍獣」をテーマに鼎談。
飼育動物と野生動物を診る仕事の違い、猛禽・珍獣ブームによる日本の動物の危機、命の重さを描くために必要なことは――。獣医師と漫画家による異業種インタビューから人と動物の未来が見えてくる。
「目の前の命を助けたい」という思いは獣医師のさが
田向:じつは齊藤先生とお話ししてみたくて、本の出版を口実に「猛禽×珍獣」をテーマにしたインタビューを提案したんですよ。酔っ払っていた勢いで(笑)。獣医師は間接的には知っていてもなかなか会えませんから。
齊藤:私もまったく同じことを思っていました。この取材の前に日本野生動物医学会の大会で、田向先生が爬虫類に関する講演をされたでしょう。そのときに会えるかなと思ったらすれ違いで……お話しするのは今回が初めてですね。
二宮:私も齊藤先生のお話を楽しみにしていました! 『珍獣のお医者さん』では田向先生への取材をもとにエキゾチックアニマル(犬猫以外の飼育動物)を診察する獣医師のエピソードを描いているので、野生動物医との違いを知りたいと思っていたんです。
齊藤:田向先生のような臨床の獣医師は、飼い主が連れてきた動物を治療して飼い主のもとに返すのが仕事ですよね。野生動物を診る獣医師は、基本的には人間との関わりの中で傷ついたり病気になったりした場合に治療して野生に帰すのが目標になります。飼育動物と野生動物の違いを念頭に置くとわかりやすいかもしれませんね。
田向:私も保護されたスズメやキジバトとかいろいろな傷病鳥獣を診ますけど、人に拾われる時点でもう弱っているから治療のかいなく亡くなってしまうケースが多い。齊藤先生が診る野生動物も同じだと思うんですが、心折れずに続けられるモチベーションはどこからきているんでしょうか?
齊藤:目の前の命をなんとかしたいと思うのは獣医師のさがですよね。私のところに運ばれてくるのは絶滅の危機に瀕した希少種なので、1羽の命が将来生み出す子孫につながり、種を存続するために重要な存在を守るという目的があります。しかも毎日毎日、人間が関係する交通事故や鉛中毒(狩猟で射止められた獲物に残る鉛弾の誤食が原因)で傷ついているわけだから。モチベーションというより、ひとりの人間として責任を全うするために必死で取り組んでいるだけかもしれません。
田向:齊藤先生が自分と同じ気持ちで診察されているとは、やはり根っこは同じですね。やればやるほど救えないと感じることもあるんですが、診察室に来た以上は何とかしなければ、と気持ちを奮い立たせていますね。
齊藤:私のところに運ばれてくる動物は、通報してくれた人の「どうか治りますように」という思いも背負ってきていると考えているんですよ。
田向:「動物を助けてほしい」という人間の感情に向き合うのも重要な仕事ですよね。たとえ助けられなくても、連れてきてくれた人の気持ちに報いることはできますから。
二宮:オオワシやシマフクロウのような絶滅危惧種が種の保存に大切だということはわかったんですが、スズメやキジバトなどのありふれた野鳥を救う意味は動物愛護ということになりますか?
齊藤:普通種(希少種以外の動物)であっても、救護を通して自然環境で起きている問題を知る重要な情報源になります。実際に弱っているスズメを調べたらサルモネラが検出され、蔓延による大量死が起きていたことが明らかになったということもある。しかも原因はあちこちに設置された餌台でした。人間がやったことで動物が大量死するのはよくないから対処しよう、というふうになりますよね。
二宮:齊藤先生は猛禽類の交通事故や鉛中毒をなくす活動もしていますよね。『僕は猛禽類のお医者さん』を読んで、仕事の幅が広いのに驚きました。『珍獣のお医者さん』では命を扱う獣医師の活躍を描いておりまして。エキゾチックアニマルというマイナーな存在を通して、人間と動物の関わり、飼育することや社会について描くことを目指しています。齊藤先生のお仕事は社会と深く関わる分野なので、いずれ描けたらいいな、と思っています。
齊藤:もちろん協力しますよ。私が活動する保全医学の分野は、人間と動物と自然環境の健康が関わりながら成り立つ「ワンヘルス(One Health)」という考えに基づいています。たとえば鉛中毒は猛禽類だけの問題ではありません。鉛ライフル弾や鉛散弾で射止めたカモやシカを人間や動物が食べて肉の中にある鉛弾を飲み込んだら、自然環境にばら撒かれた鉛散弾を(砂肝に蓄える小石と間違えて)飲み込んで鉛中毒になったカモを人が食べたら……と負の連鎖が起きる。まさしく人間、動物、自然環境の健康をひとつとして考えなければ、すべてを健康に戻すことはできないわけですよ。
田向:保全医学に獣医師が関わる意義を、齊藤先生が矢面に立って日本に広めてくれたと思っています。動物のお医者さんの仕事を超えた活動ですね。