「パリに初めて行ってみたけどヤバすぎた…」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない㉗
公開日:2025/4/11

ちくたくちくたくと時計の秒針が、わたしを追い詰める。
最近は、提出物や確定申告や飲み会や飲み会など予定が多すぎて、常に時間に追われていた。
すきま時間でごはんを食べるときは、「この後はこれやって…」「さっきの本当に合ってたかな…」と考え事ばかりで、目の前にあるごはんにちゃんと向き合えていなかった。
過去はどうにもならないし、未来もどうにかなるかもしれない、でも今は今しかない。
そんなことを忘れて、おいしいという感動もどこかに置いてきたまま、上の空でごはんをむしゃむしゃ食べていた。
今を蔑ろにしすぎたせいか、急にやる気も元気もなくなって、しおれたほうれん草みたいな日々。
このままだといけないと、心の箸休めに『劇映画 孤独のグルメ』を見に行ってきた。『劇映画 孤独のグルメ』

映画館に入った瞬間、ふわふわりと特有のあまいキャラメルの香り…ではなく、がっつり食欲そそるラーメンの匂いがするぞ。
くんくんとラーメンの匂いに吸い寄せられていくと、なんとそこには濃厚とんこつラーメン味ポップコーンなるものを発見。
まさかの孤独のグルメとコラボした限定フレーバーなんだとか。
いつもポップコーンを頼むときは、塩味にバターフレーバーオイル多めにして、手をぎとぎとにしながら食べるのが鉄則だ。
しかし、鉄則の絶対おいしいよりも興味が上回ってしまい、人生はじめましての濃厚とんこつラーメン味を注文。
もちろん、バターフレーバーオイルは多めで。
席について匂いを気にしつつも、簡易版とんこつラーメンを3粒ほど一気に掴んで、ぽいっと口に運んでみる。
意外と合うじゃないか。
食べれば食べるほどとんこつラーメンをすすりたい欲を刺激してきて参ったな。
帰り道のラーメンは確定じゃないか。
ってコラーーー!!
上映前にも関わらず、ほとんどポップコーンを食べ切ってしまった。
これから前代未聞の飯テロ映画を見るというのに、ポップコーンなしで耐えられるのか。
『劇映画 孤独のグルメ』では、井之頭五郎が失われた究極のスープ探しの旅に出る。世界各所でおいしいご飯をいただき、時には毒物を食べる。
その中でも彼がフランスのパリで食べていた、チーズたっぷりすぎるオニオングラタンスープに一目惚れするのはごく当たり前のことだった。
孤独のグルメラーとしては、絶対にオニオングラタンスープを食べるしかない。
上映終了後、ラーメンを食べて帰ることをすっかり忘れ、いてもたってもいられずフランス行きの飛行機を予約。
「今を大切に生きる」を免罪符に、右も左も分からないパリへ初めて向かうことになった。
いざ行かん、フランスは孤独のグルメ旅

地獄の15時間のフライトでは、吾郎さんが食べていたドライ納豆は残念ながら出てこないまま、 フランスへ到着。
即財布がなくなったこと以外は順調にことは進み、地元民がぞろぞろ並ぶブイヨン・シャルティエという大衆食堂を見つけたので並ぶことに。
大勢の大人たちが昼からがぶがぶ酒を飲み、談笑をわいわい楽しんでいる。
映画やドラマでしか見たことがないような、腕から肩まで大量の食器やグラスをずらりと乗せて運ぶ店員さんたち。
伝票の取り方はなんと机に直書きというスタイルだ。
パリ初心者のわたしには、これすら芸術に思えてきた。
そして牛丼屋さん並みの高速スピードで到着したスープ。
おや…?
運ばれてきたのは、シュレックみたいな緑色のスープ。
しかし、これを頼んだ覚えはなく、オニオングラタンスープを頼んだはずなのだが、どうやら意思疎通がうまくいかなかったみたいだ。
言語の壁は、わたしたちに本当の“孤独のグルメ”を味わわせてくれる。
代わりに、吾郎さんが食べていたブッフ・ブルギニョンを注文。

どうやらこれは伝統的な料理で、ビーフシチュー生みの親のような一皿なんだとか。
たっぷりな赤ワインにことこと煮込まれて、赤ちゃんのように柔らかくなったお肉。
とろとろホロホロすぎて、将来歯が全てなくなってしまっても食べることができそうだ。
ちなみに緑のスープは、すりおろした野菜の面影を感じることができて、サラダより顎が疲れずいいかもしれないなんて思ってしまった。
愛しのオニオングラタンスープ

オニオングラタンスープを求めて三千里。
二軒目はラ・プール・オ・ポという昔ながらのビストロにやって来た。
店内はピンクに囲まれていてお花柄のどこかレトロな雰囲気は、まるでシルバニアファミリーの中の一員になったような気持ちにさせてくれる。
メニューが全てフランス語ということを除いては、かわいいしか出てこない。
10年前のフランス語検定3級は全く意味をなさないということに気付かされた。
Google翻訳を振りかざし、なんとか注文することができた。
フランスのレストランは、どこもかしこもお通しにこんもりバケットがついてくるので、どう頑張ってもお腹いっぱいにならない選択肢はない。
ウシガエルのフリットや、エスカルゴを食べて胃の準備運動は万全だ。
そして、念願のオニオングラタンスープと、どきどきのご対面。

たっぷりすぎるチーズの下には、飴色にきらきらと輝くスープが顔をのぞかせている。
これまでオニオングラタンスープといわれても、いまいちピンと来ることはなく避けていたけれど、飲んだ瞬間に世界がぐわんと変わった。
なんだこれは…。
この世の中に、二郎のスープを超えるおいしいスープが存在するなんて…。
あまい玉ねぎに続いて、どこまでも親切にびよよんと寄り添ってくれるしょっぱいチーズ。
このスープに恋に落ちて、硬いフランスパンがとろとろのお麩のようにふやけている。

どうやらここのオニオングラタンスープは、シェフが修行時代の思い出のスープなんだとか。
もうストーリーからしておいしいに決まってる。
他にもポトフやポテトやら、たらふく食べたら、お腹がはち切れそうなほどぱんぱんになってしまった。
それでも、どうしてもデザートが食べたかったので、あまいものは別腹理論で、軽い気持ちで頼んだプラリネ。

嘘だろ…?
冗談みたいなケーキが恐怖と同時に運ばれて来た。
うわあ なんだか凄いことになっちゃったぞ。
1ピースなどではなく、ホールで運ばれて来たのだ。
本当にあった怖い孤独のグルメ特集で、ぜひ取り上げてほしい。
恐る恐る一口食べてみると、口の中に広がったのは空気だった。
しゅわっとシャボン玉のように消えてしまい、質量が全く残らない。
わたしが精神崩壊してしまったのではなく、どうやらメレンゲを使用しているため、これほどまでに軽い口当たりになっているんだとか。

たとえば、味噌汁を飲んだ瞬間にほっとして救われる〜という食事は、これまで何度かあったけど、本当に救われる食事は人生初めて。
アニメを見ながらだったり、考え事をしながらだったり、ごはんになかなか向き合えない生活を送っていたけれど、改めて本気で目の前のごはんに集中して全力を尽くすことができたのは、吾郎さんのおかげだ。
これから一生お付き合いさせていただくであろうオニオングラタンスープを堪能することができたので、最後は自分の直感でフランスのおいしいを見つけようじゃないか。
