歌舞伎町にある定食屋を舞台に、温かなお料理と人情が重なり合う。料理が繋ぐ人々の絆に心癒やされるグルメ漫画【書評】

マンガ

公開日:2025/4/30

 疲れた心と体に寄り添うのは、一皿の温かい料理かもしれない。本稿で紹介するのは、そんな料理を通じて心を癒し、読者を優しい気持ちにさせてくれるグルメ漫画5作品。

 食事の美味しさだけでなく、そこに込められた思いや物語が、きっとあなたの心を満たしてくれるだろう。日々の忙しさを少し忘れて、料理が繋ぐ人々の絆やぬくもりを感じてみては?

29時の朝ごはん~味噌汁屋あさげ~

『29時の朝ごはん~味噌汁屋あさげ~』(佐倉イサミ/KADOKAWA)
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 伝統的な日本食である味噌汁。出汁、具材、味噌によって何百通りもの組み合わせがある味噌汁のように『29時の朝ごはん~味噌汁屋あさげ~』(佐倉イサミ/KADOKAWA)はお店を訪れるさまざまな人たちの逞しさを1話完結型で描く。

 20歳と高校生の姉妹が新宿区歌舞伎町で営むのは、朝5時から8時までの3時間だけ営業している小さな定食屋。提供されるのは日替わりの味噌汁とおにぎり(またはごはん)の定食のみ。朝ごはん屋であるが1日の始まりの食事ではなく、仕事終わりの〆ごはんとしても利用する人も多いのが歌舞伎町らしい一面だろう。バラエティに富んだ登場人物たちの生き様は、歌舞伎町の街の光と闇が感じられる展開で胸が締め付けられる。彼らが素の姿に戻り、味噌汁を前にして日常の疲れを癒すことができる瞬間が、あさげでのひと時なのだ。

 そんな彼らを支える姉妹も、歌舞伎町の住人。彼女たちの生い立ちや店を開く理由は何か。物語が進むにつれ明らかになっていく、姉妹の心にある傷と秘めた思いにも注目してほしい。

舞ちゃんのお姉さん飼育ごはん。

『舞ちゃんのお姉さん飼育ごはん。』(秋津貴央/竹書房)

舞ちゃんのお姉さん飼育ごはん。』(秋津貴央/竹書房)で描かれるのは、小学5年生が“おかん力”満載で作るおうちご飯だ。作る楽しさ、食べる幸せ、そして誰かと食卓を囲む大切さを伝えてくれるハートフルなグルメ漫画である。

 田舎で父親と暮らす五十嵐舞は、料理が得意な小学5年生。ある日、家の前で都会風の女子高生・三家環(タマ)を拾う。無口でクールなタマを放っておけない舞は、持ち前のおかん力で「美味しいごはん」を振る舞い、彼女を手懐けてしまう。こうして始まったふたりの「飼育ごはん」は、次第に家族のような温かい時間へと変わっていく。

 舞の料理の腕前や言動には、母から受け継いだ愛情と温かさが込められている。一緒にごはんを作り、食べる時間は、タマにとっても「いつものやつ」という安心感を生み出す。ふたりの関係は家族とも友達とも姉妹とも言えないが、確かに特別な存在である。舞の楽しそうな料理姿や、タマの美味しそうに食べる表情は、読者にも癒しと笑顔を届けてくれるだろう。

眠れぬ夜はケーキを焼いて

『眠れぬ夜はケーキを焼いて』(午後/KADOKAWA)

 真夜中のキッチンで作るパウンドケーキから始まる『眠れぬ夜はケーキを焼いて』(午後/KADOKAWA)は、眠れなくて不安な夜の過ごし方を提案するコミックエッセイである。本作は、第8回料理レシピ本大賞コミック賞を受賞しており、料理の工程が丁寧に描かれている点も魅力のひとつだ。

 著者である午後氏は、昔から生活サイクルが狂いやすく、毎日の入眠時間や睡眠時間が不規則だという。真夜中にふと目覚めてしまうと、不甲斐なさから落ち込むこともあるが、そんな夜にはお菓子作りが始まることもある。何かを作り出すことで得られる達成感と、そこから生まれる美味しい成果物――料理は一石二鳥の行動だ。特に夜に作るお菓子として著者がおすすめするのが、簡単・おいしい・雑でもOKという三拍子が揃った「パウンドケーキ」だという。

 本作ではお菓子作りだけでなく、軽食や片付けの方法なども紹介されている。そこに共通するのは、生活を丁寧に営む著者の姿勢だ。ちょっとした仕草に人の生き方が感じられ、読んでいると愛おしさが込み上げてくる。優しく寄り添ってくれる世界観に触れながら、不安な夜や心が疲れたときに、そっと心を癒してほしい作品である。

めんつゆひとり飯

『めんつゆひとり飯』(瀬戸口みづき/竹書房)

 自炊はしたいけれど面倒なことは避けたい。でも美味しいものは食べたい――そんなひとり飯に欠かせないのが「めんつゆ」である。『めんつゆひとり飯』(瀬戸口みづき/竹書房)は、日本の万能調味料であるめんつゆに焦点を当て、多彩な絶品料理を紹介する作品だ。

 ズボラなOL・面堂露(めんどう つゆ)は、その名前の通り「面倒くさがり」な性格で、最短ルートを迷いなく選ぶ合理的な女性である。そんな彼女が自炊で駆使するのが、めんつゆという万能調味料だ。完璧主義で同期の社長秘書を務める十越(とごし)さんとの軽快なやり取りを交えながら、露がズボラながらも美味しい料理を作り上げていく様子は、読んでいて楽しい。

 本作では、露だけでなく他のキャラクターたちも登場し、それぞれの個性や嗜好から生まれるさまざまな料理が描かれているため、読むたびに新しい発見がある。きっと「これ、試してみたい!」と思わせてくれる一品が見つかるだろう。忙しいけれど美味しい料理を楽に作りたい、そんな願いを叶えてくれる、寄り添い系のお料理漫画である。

神辺先生の当直ごはん

『神辺先生の当直ごはん』(ちんねん・能一ニェ/KADOKAWA)

 最後に紹介したいのは、炊き立てごはんと温かいおかずの魅力である。『神辺先生の当直ごはん』(ちんねん・能一ニェ/KADOKAWA)は、正統派のメニューでありながら、夜間診療という特殊なタイミングで味わうことで特別な価値を生む作品だ。小児科医の休憩時間を舞台に、食事や休息の重要性を深く考えさせてくれる作品である。

 小児科医の神辺先生は、当直中の休憩時間に手際よく料理を作る。ナスとトリ肉の黒酢炒めやマグロとアボカドの山かけ丼など、休憩中とは思えない神辺先生のレシピは、孤独な当直医たちの夜を乗り越えるためのごほうびとなっている。

 束の間の休息に温かな食事を囲むことで自分自身を整える神辺先生。その姿勢は患者への医療にも良い影響を与えるという信念に裏付けられている。食事を作り、味わい、自らを労わる時間を確保することで、医師としての集中力や思いやりを取り戻すのだ。この考え方は、医療の現場を超えて、多忙な現代人すべてに響くメッセージだと言える。

 また、本作は医療現場の問題や、小児診療で向き合う「困った親」とされる家庭にも焦点を当てる。神辺先生はどんな状況でも否定的な態度を取ることはない。その包容力が生む空気感は、医療現場の厳しさの中に優しさや癒しを感じさせるだろう。

 忙しい日常の中でほっと一息つける時間や、何気ない食事の中にある大切な瞬間を改めて感じさせてくれるこれらのグルメ漫画。あなたも温かな料理と物語で満たされてみませんか?

文=ネゴト / Micha

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