「君はやがてループを抜けて、その記憶を失うの」繰り返す1日と消えない想い。“刹那”で“永遠”なひと夏のラブストーリー【書評】
公開日:2025/4/25

「永遠の夏休み」という甘美な響きは胸のときめきを誘う。けれども、もし自分だけがその夏休みから抜け出せないとしたら、楽園は地獄に様変わりするだろう。姉崎あきか氏の『夏空と永遠の先で、君と恋の続きを』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、8月30日に閉じ込められてしまった恋人たちの姿を描くラブストーリーだ。
主人公の青年・渚沙は、離島で旅館を営む叔父夫婦の世話になりながら浪人生活をおくっている。8月30日の金曜日が終わって眠りについたところ、朝になっても同じ8月30日が繰り返されていることに気づく。すべてが同じように進む1日の中で、東京から来た3人組女子の1人、ひまりだけは前回と違う髪留めをつけていた。
ひまりもループに気づいている人だと見抜いた渚沙は彼女に話しかけるが、上手くはぐらかされてしまう。それでも諦めずに手がかりを求めて交流を続ける中で、ふたりは少しずつ打ち解けていき、やがて渚沙はループの秘密をひまりから教えられる。このループは繰り返しの回数が決まっており、22日目を最後に抜け出せるというのだ。終わりがあると聞いて安心した渚沙は、同じ1日を過ごしながら、ひまりへの恋心を深めていくのだった。
ふたりの距離は順調に縮まっていくように思えたが、ある日を境に突然、ひまりは渚沙に対する態度を変えはじめる。実は、22日目にこのループから抜け出せるのは渚沙だけであり、彼はループ中の記憶をすべて失った上で8月31日へと進めるが、ひまりはただ1人、永遠に終わらない8月30日の中に取り残され続けてしまうのだ。
互いを愛しく思うほどに、取り残される孤独と心の傷は深くなる。別れた後の苦しみを恐れるからこそ、ひまりは敢えて渚沙から距離をおこうとしていたのだった。すべての事情を知った渚沙は、残された大切な時間をひまりとともに過ごしていくのだが……。
時を止めた8月30日を舞台に、だんだんと永遠の別れが近づいてくるさまを描く本作は、いわば一風変わった“余命もの”の趣をもつ。ふたりを待ち受けるのは死による別れではないが、未来をともに歩むことはできない、期限つきの恋がもたらす苦しさや、どうしようもない隔たりによって引き裂かれる運命は、鋭く胸をえぐる。別れの時が迫りくる“余命もの”ならではの切なさと、しかし死別では決して描けない結末は、大きなカタルシスをもたらし、読者の涙を誘うだろう。
渚沙とひまりを筆頭に、等身大の温度感をもったキャラクターたちが真夏の離島で繰り広げる青春模様はまばゆく美しい。ひまりは寂しさと絶望感を心の内に抱えながら、ある時は強がり、そしてある時は渚沙をからかって翻弄する、多面的な表情が魅力的なヒロインだ。そんな年上のひまりに振り回されながら、渚沙が少しずつ彼女に心を惹かれていくさまが、丁寧かつリアルに綴られるふたりが繰り広げるじゃれあいは、なんとも甘酸っぱくてみずみずしい。
そんなかけがえなく美しい日々を経てゆくからこそ、ひまりとの離別やその結末は、読む者の胸をひときわ強く締めつける。どうしようもないタイムリミットがもたらす奇跡を描く、愛おしいボーイ・ミーツ・ガールの物語だ。
文=嵯峨景子
◆『夏空と永遠の先で、君と恋の続きを』詳細ページ
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