一条ゆかり「私が不幸になったほうが、読者は喜ぶんじゃない?」少女漫画家が考える、自分と世の中の女性の違い【『男で受けた傷を食で癒すとデブだけが残る たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集2』インタビュー 後編】

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/30

『プライド』や『有閑俱楽部』など、数々の名作漫画を生み出してきた一条ゆかり氏。様々な人間と出会い、描いてきた彼女は人々からの相談も絶えなかったようだ。これまで聞いてきた悩みに対するアンサーを『今週を乗り切る一言』(「OurAge」で連載中)で綴ってきたが、これらをまとめたエッセイ集の第2弾『男で受けた傷を食で癒すとデブだけが残る たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集2』が電子書籍で好評発売中だ。

インタビュー後編では一条氏や世の中の男女の“恋愛”について、そして『プライド』を軸にした女性たちの姿を伺った。

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■菜都子ママのセリフは自分の言葉

――これまで、前作『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集』や本作『男で受けた傷を食で癒すとデブだけが残る たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集2』に対して読者から寄せられた声で、「これがこんなに刺さるんだ」と思ったことはありましたか?

一条ゆかり氏(以下、一条):『プライド』の萌ちゃんの話を紹介したものですかね。萌ちゃんのしたたかなところがすごい好き、読んでいて楽しいという声が多いです。萌ちゃんが銀座のクラブに行った時の「策略なくして成功なし」という言葉が出たシーンとか。

 菜都子ママが「この子、使えるわ」と、欲しいと思わせるには、萌ちゃんに何をやらせればいいんだろう?とピンとこなかったんです。ベッドの中でぼーっとしていた時に突然、ゲロを素手で受け止めるというシーンが思い浮かんで、「うわ、やだ、私」って(笑)。これを思いついたとき、勝ったと思いました。

『プライド』(一条ゆかり/集英社)
裕福な家庭で育った史緒と、家庭環境に問題がある萌が、ライバルとしてオペラ歌手の夢を叶える物語。
お互いを意識せざるを得ない2人とその周囲を取り囲む人間で、日本・ウィーン・イタリア・ニューヨークを舞台に音楽と人間関係を描いている。

――このエピソード紹介自体が、ものすごく反響が大きかったんですね。

一条:みたいね。だから自分の要求を通すとか、思い通りにしたいなら、このくらいのリスクは背負え、覚悟をしろというようなところですかね。でも調べてもらったら『プライド』のシーンとか言葉が割と人気があったみたいです。だから今回のエッセイ第2弾には登場人物のその後とか、スペシャルインタビューも入れています。

――先生のところにはこんな感じで、常に読者からの声が届くんですか?

一条:間接的に聞くことはあります。大体言われるのは、「菜都子ママの言葉が響く」。でも菜都子ママのセリフは、私が喋ってることなので(笑)。

 どうして世の中の女性は、誰かに背中をちょっと叩かれたり、ちょっと殴られたりしないと動けないんだろう。「まさか私に責任を押し付けるつもりじゃないだろうな?」「一条先生が言ったからそうしたんだけど、なんて絶対言わないでね」と思っています(笑)。

■自分が恋愛に溺れられなくても仕方ない

――先生の前作のエッセイの中で、「『かわいい』って言うのは、『かわいそう』とか『哀れ』からきている」「守ってあげなければいけない『かわいそう』なものに、いつしか愛情を感じるようになって、そこから『かわいい』という言葉が生まれた」という話があったかと思います。

一条:そう、でもそれを知った時に私、びっくりして。なるほど、かばってあげなきゃと思うと愛が出るという。でも、それでいいのかなぁ。非常に不思議です。嫌われることを怖がっていたら何もできないけど。

――この10年、20年で働いたり、社会に出たりする女性が増えてきましたが、先生が変わったと感じる傾向などはありますか?

一条:今、女性が自由に選べる時代がきて、生き生きし始めた。それに並行して、男性は疲れてきている。女性は少しずつ元気になってきているのに、日本の男性が応えてくれないから外国の男性にも目が向き始める。女性が狙う側になってきていますね。

――女性はどんどんハンターになっているけど、同時に愛されたいんですね。

一条:それが別の女性の話ならいいんだけど、ひとりの女性が愛されたいけどハンターになっている。ひとりの人間の中にギャップが生じているじゃない? 望むものが多すぎる。欲しいものは、集中したって手に入らないかもしれないのに、分散してしまっている。

 過去を振り返ると、私は漫画家になれるなら全てを捨ててもいいと思っていましたもん。そのくらいしないと無理でしょう? でも1番嫌だったのが、学歴を捨てたときだな。

――漫画を描く時間を確保するために進学先を決めたんですよね?

一条:そう。親をだまして、先生をだまして(笑)。中学3年生の私は、人生で1番頑張りました。割と賢かったので、学歴を捨てるかどうかを本当に悩んで悩んで悩みました。離婚は5分で決めたのにね(笑)。

 でもいざというときは努力すれば大卒資格は取れるだろうと。失敗したときは、回り道をしてでもそっちを選べばいいや、と思って学歴を捨てました。

――先ほど「女性は背中を押されないと動けない」というお話がありましたが、一条先生はそういう言葉がなくてもご自身で踏み出せていらっしゃったんですね。

一条:私はむしろ、誰かに勧められたらやりたくなくなってしまう天邪鬼なところがあって(笑)。だから、自分の行動の責任をすべて自分で取るためには、誰かの言葉に責任を押し付けないようにしないといけない。そんなことで楽になろうとしたら、どうでもいい、だらしのない、楽でつまらない人生しか残らないと思うので。

――ではこれまでの人生で、どなたかに頼ったり相談したりはしてこなかったんでしょうか?

一条:してもしょうがないと思っています。この人は私より私のことを知らないでしょ?と思ったときに、もう信用できない(笑)。

 でも1回だけ、「恋愛をしていて、なぜ私は男に溺れられないのだろう」と相談したことがあります。恋愛の醍醐味って、溺れてアホになることじゃない? でも私は恋愛の濃度が低くて、恋愛をしている自分を観察している、どこか上から目線な私がいるんですよね。

――そのときはどなたに相談されたんですか?

一条:新宿のホストクラブの元カリスマホスト。ちょうど対談しないかという話があって、そこで恋愛で商売するホストに相談したんです。「どうしても男に溺れられなくて、つまらないんだけど」って。

 そしたら彼が「あなたは無理だと思いますよ」と言うんですよ。「僕はあなたのような人を2人知っていますけど、1人は脚本家で、1人は小説家です」って聞いた途端に、だめだこりゃって(笑)。

――皆さん同業の方ですね(笑)。

一条:そうなんです。自分がもし恋愛で不幸になったら、漫画家の私が「ネタが増えたわ」と思っちゃう。自分が幸せになったら、漫画家じゃない私が「あ、私生活が潤ったわ」と思うから、どちらに転んでも損がないんですよね。だから、漫画家は何をしても構わないと思っています。自分の幸せに転ぶか、仕事のネタに転ぶか、どちらかになるので。

――ちょっと不幸になったほうが面白く感じてしまいそうな気もしますね(笑)。

一条:不幸になったほうが、きっと読者は喜ぶんじゃない? 漫画家になるために人生つぶしてもいいやと思ってきたんだから、恋愛に溺れられないのは仕方ないか、と(笑)。

――常にご自身のことを「ネタになるかも」と冷静に見ていられるのかもしれないですね。

一条:いや、後で思うんです。勝手にネタになっているんですよ。「よし、これネタにするぞ! 次の主人公はこれにしよう!」とか全く思わなくて、勝手にそうなっているんです。

 小説とかを読んでいても気が付くと仕事のことを考えてしまって、それだと私生活が潤わないので、恋愛系の小説とか映画はできるだけ見ないようにしています。『ダイ・ハード』とか、自分が絶対こんな漫画描かないだろうな、というアクションだったりSF系、あとはスパイものだったりを純粋に楽しんでいました。そしたら、ある日突然『有閑俱楽部』とか『こいきな奴ら』を描こうと思い立って(笑)。

――『有閑俱楽部』はスパイっぽいシーンがたくさんありますもんね。

一条:そうでしょ。ただ作品を楽しんでいただけなのに、知らないうちに恋愛以外のジャンルもがんがん取材していたようなんです。「読者がこれを好きだからこれを描こう」と思うほど読者に優しくないので、「私はこれが好きなんですけど、あなたも好きなら読んで。嫌いなら読まなくていいけど」と思いながら描いています。

■みんな、自分のことを知らなすぎる

――2007年に『プライド』が文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した際、「『プライド』に関しては好きなものだけじゃなくて読者への感謝を込めた」というお話をされていたと思います。改めて連載中に印象的だったことや、連載終了後に寄せられた声で印象に残っていることはありますか?

一条:1番印象に残っているのは、描いているときに色々な女性から「わかります」って言っていただくから「あ、そう?わかってくれるの? 嬉しいわ」なんて思っていたら「わかります、私も史緒ちゃんと同じで」って。え、そっち? 萌ちゃんじゃなくて?(笑)。「私も割とよく昔から妬まれてつらくて…」「人に媚びるのが苦手で…」って。

 史緒ちゃんって、他人にどう思われようと自分の理想を追い求める人で、他人の目や流行りは気にしない子なんです。何か間違えてない?と思ったんだけど、史緒ちゃんと同じで大変だった、みたいな人がたくさんいるんですよ。

――そんな史緒ちゃんと同じって中々言えないですよ。

一条:でしょう? 実は私、『プライド』を描いていて世の中の女性は2パターンいるなと気付いたんです。自分で自分を認めてOKを出さないと嬉しくない人と、他人が自分にOKを出してくれて嬉しい人。それによって、自分をひたすら見ながら頑張って成長するか、周りを見ながら周りに合わせて成長するかの違いが出てくる。前者が史緒ちゃんで、後者が萌ちゃんなんですよね。

――そもそも自分がどちらなのか、どういう人間かわからない人が多いのでしょうか?

一条:そうなのよ。女性を見ていて思ったのが、自分は何を与えられて、何があったときに心から嬉しいのかを知らない人がとても多い。だから、他人を意識する人が非常に多いんです。みんな欲しいものが同じじゃない? 自分にとって居心地がいいものはどういうものかを意外と知らなくて、みんなが素敵と思うものを手に入れれば良いと思っているみたいです。そこからずれちゃうのね。

 自分はどのようなものを持っていて、どのような生活をしたら心が豊かになって、幸せになって、やる気が出る、とか、自分自身はどういう人間なのか、20歳になるまでに少しはわかっておかないとやばいんじゃない?と思います。

――わかっていないと遠回りになっちゃいますもんね。

一条:それこそ私は大学に行き損なったけど、ちょっとだけ大学に行こうかと思ったときに、そもそもどの学部を選べばいいのかわからなかった。どの学部が将来の私に役に立つんだろうと思っていたら、プロの漫画家になっちゃったからもういいや、となってしまいました。でも、もしそこで自分にとって必要な技とか知識とか、吸収するものを間違えると時間がかかっちゃいますよね。

 私は「漫画家」というたった1つの目的地があったからいいけど、みんなは行きたい場所がたくさんあるから間違えるんだな、と思いました。あれこれあるとこんがらがって、結局どこにも行けないとかもあるんじゃないかな。

取材=青柳美穂子、文=篠田莉瑚、撮影=干川修

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