「友達が欲しくて居酒屋行ったらおじさんに奢らされた酒飲み独身女」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない㉘

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/25

ぽっかーん。

これが旅ロスというものなのか。
心がドーナツになってしまった。

旅行帰りの飛行機の中、非日常の喪失感ですっかり心に穴が空いてしまった。
何か別のもので穴を埋めようと、ドラマ『ホットスポット』を見ていたら、それも見終えてしまい、人差し指で持ち上げたらドーナツがちぎれそうなほどの穴に広がってしまった。

贅沢で甘い緊急事態だ。
虚無を乗せた飛行機は、そんなの知らないよと空の上を飛んでいる。

『ホットスポット』は地元系エイリアン・ヒューマン・コメディードラマで、
どこからどう見てもただのおじさんにしか見えない高橋さんという宇宙人が登場する。

そういえば、飛行機のパイロットは、必ずUFOや宇宙人を見ると聞く。
しかし、見たことを口にすると、すぐ辞めさせられるんだとか。

これが本当かどうかは、わからないけれど『ホットスポット』を見てからは、宇宙人がいるとまではいかないけれど、いたらいいなと思うようになった。

わたしは、普段SFジャンル作品を進んで見ることはない。

ただ宇宙人がいて、未来人、超能力者、タイムリーパーが出る組み合わせどこかで見たな...。

なんだっけ...。
そうだ、涼宮ハルヒだ!と懐かしさに突き動かされて視聴をはじめた。

『ホット・スポット』

平和に包まれた富士山の麓に住みつつ、ホテルで働くシングルマザーの清美が、仕事の帰り道に車に轢かれそうになる。

どう頑張っても助けられない絶体絶命な状況に関わらず、同じホテルで働く冴えないおじさん高橋さんに救出される。
「どうして...?」と思っていると、高橋さんはこう告げるのだった。

「実は俺……宇宙人なのね」。

高橋さんからは「絶対言わないでよね」と厳重に口止めされるのだが、早速清美が幼馴染たちに話すところから物語は始まる。

宇宙人と聞くと、『E.T.』のような壮大SF作品に聞こえるかもしれないが、このドラマでは本当にどこにでもありそうな生活が繰り広げられている。

次々と事件が起こり、恋をして涙を流すな怒涛なジェットコースターのようなドラマも面白いけれど、わたしはバカリズムさんが書く、くだらない会話とゆるい日常、老後もこの人たちと一緒にお茶しているんだろうなと思わせてくれる友情が好きだ。

彼が書き上げる友情は、10年間旅をして魔王を倒したり、何度も殺し合ってループするとかではないけれど、いつも憧れる。

才能とか数字とかお金とか恋愛の中で生きるのではなく、昔ながらの友達と喫茶店に集まってパフェをつつきながら笑い合い、周囲の人や地元を大切に思いながら生きていく。

裏表のない愛のような生活をいつまでも見守っていたい。

トマトおじさん

最近では、一緒のお墓に入ろうという墓友も増えつつあるらしい。

わたしも、末長く寄り添える友達がほしい。

今のところは目処がないので、とりあえず猫4匹もいれば、誰かはわたしの気持ちを汲み取ってくれるかなと意思疎通を図ろうとしたら、猫パンチを食らい流血沙汰になった。

あんまりじゃないか。

ヤツは猫の形をしたUMAに違いない。
額に絆創膏をつけたまま、赤提灯がぶらさがる居酒屋に逃げ込んだ。

コの字カウンターで奥のテレビからは賑やかなバラエティ番組が流れている。
お通しのもやしのナムルを食べながら、生ビールをぐびぐびっと一気に飲み干した。

それを見ていた隣の常連であろうおじさんが、「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ!!」と拍手を送ってくれる。

すでに酔っ払っていて陽気なおじさんは、トマトのように真っ赤だった。

焼きたての銀杏とうずら串を頬張っていると、出来立てのもつ煮込みが運ばれてきた。

するとトマトおじさんは「このモツ煮にゃ、この日本酒が合うよ。こちらのお嬢さんとこっちに一杯ずつお願い!」と、予定外の日本酒を頼んでくれた。

「とりあえず飲んでみなよ」というので、飲んでみると米の甘さが際立つ日本酒で、そりゃあ美味しかった。
「おいしいですね」と答えると、おじさんは「だろ⭐?」とグッドポーズを掲げ満足そうに微笑んでいた。

たしかに美味しかったのだけど…。

おじさんの、よくわからない趣味と武勇伝の話付きで、会計時しっかりと日本酒代も追加されていたのだ。

しかも、おじさんの分まで。

揉めたくないので、何も言わず払ったけれど、トマトのことまで嫌いになりかけた。

心の浄化と安定に、エイリアンいかがですか

いい人なんだろうけど、面倒くさいと思ってしまう人。

こんなとき、脳裏に浮かんでくるのは宇宙人・高橋さんだった。

缶コーヒーをみんなに振る舞った後、「気を遣わなくてもいいですよ」と清美たちが言うと、「ああそう? コーヒー代130円ずついいかな?」ときっちり回収するシーンを思い出す。

さらに高橋さんも聞いてもいないのに、自分の武勇伝を語ったり、自慢話や趣味のガンプラの話をする。
だけど、宇宙人の能力を使ってスマホの画面保護シートを貼ってくれたり、体育館の天井に挟まったバレーボールを取ってくれたりと、なんやかんや面倒ごとを引き受けてくれるという愛されポイントがたくさんあるのだ。

もし、次トマトおじさんと遭遇したときは、彼を宇宙人と思うことにしよう。

緊張した時は、周りの人を全員ジャガイモだと思えばいいように、相手のことを宇宙人と思えば仲良くできるかもしれない。

高橋さんがそうだったように、その一歩が彼らの素敵なところを見つけ出すきっかけになるかもしれないのだ。

『ホットスポット』を見ると、まるでいい成分の温泉に入ったかのように、心をすうっと回復させてくれる。

そうだ、次は山梨に行こう。
旅ロスの治し方を調べていたら、この解決策は次の旅行を予約するしかないと書かれていた。

それに、山梨に行ったら、宇宙人のおじさんに出会えるかもしれない。

さらに、宇宙人の能力で、10円玉を曲げられなくても、人間じゃない相手を見分けられるホットなスポットをわたしは知っている。

味仙の台湾ラーメン・エイリアンを食べることができたら、それはもう人間じゃないらしい。

わたしは一口すすったら、咳が止まらず目から涙が溢れ、ラーメンの叛逆を受けた。

ひとまず家に帰ったら頼んでおいた、もんぶらんのアボカドの真ん中に卵が入ったキーマカレー食べて、山梨の旅行計画を立てよう。

ただいま我が家。

<第29回に続く>

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さかむら・ゆっけ、●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。