ゾンビのおじさんと小学生が仲良くなったら…? いじめと差別、困難に直面する二人が互いの心の支えに――ポプラ社小説新人賞・奨励賞受賞作【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/5/3

あんずとぞんび坂城良樹 / ポプラ社

 新人作家の登竜門として知られるポプラ社小説新人賞。この賞の特徴は編集者自身が「純粋に面白い。最高の一作を一緒に作り上げたい」と思った作品が選ばれること。前身のポプラ社小説大賞を含めると、これまで『食堂かたつむり』の小川糸さん、『四十九日のレシピ』の伊吹有喜さん、『ビオレタ』の寺地はるなさんほか多数の人気作家がこの賞をきっかけにデビューしていった。丁寧に編まれた物語の手触りが印象的な作品が多く、次はどんな才能が現れるのか、受賞作の出版を心待ちにされている方もいることだろう。

 このほどそんなポプラ社小説新人賞で「奨励賞」を受賞した、坂城良樹さんの『あんずとぞんび』(ポプラ社)がいよいよ出版されることになった。小学生のあんずを主人公に、一風変わった大人たちの交流を描く物語には、優しさとほろ苦さが同居する。

 川をはさんだ向かいの町に、母と引っ越してきたあんず。学校は普通だけど、夜の仕事を掛け持ちするようになった母とはあんまり一緒にいられないし、いつになったら前のように父と一緒に川の向こうで暮らせるのだろう――そんなあんずの学校生活は、ある日を境に普通ではなくなってしまう。友だちだったはずの子にいきなり無視され、嵌められて万引きの疑いをかけられてしまうのだ。そんなあんずのピンチを救ってくれたのは、同じアパートに住む「ぞんび」のおじさんだった。

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 いきなりのゾンビ登場に驚くかもしれないが、別にこの物語はファンタジーというわけではない。あくまでも現実をなぞっているのだが、唯一ゾンビだけが異色の設定なのだ。物語によれば、あんずの母が小学生だった頃に中国で発生した「ゾンビ・ウィルス」でパンデミックが起こり、感染して言葉が通じなくなり、ひどく乱暴になる人(=ゾンビ)が増大して世界が大変なことになったという。ゾンビには「あぶない方」と「あぶなくない方」がいて、現在は「あぶなくない方」が人間たちにまじって街なかで暮らせるようになったが、差別や偏見を受けている。あんずを助けたおじさんは、そんな「あぶなくない方」のゾンビだ。

 このゾンビの設定は意味深だ。中国発のウィルスでパンデミックという流れはコロナを思い出させるし、「あぶない方」と「あぶなくない方」という線引きや、ゾンビに寄せられる人の偏見や差別など、読みながら「ゾンビは何を象徴しているのか」を考えずにはいられない。

 次第に苛烈になっていくいじめに、「神様にみはなされた」と絶望するあんずの心を救ったのも、やはりゾンビのおじさんだった。勝手に「怖い」と決めつけていたおじさんは実は孤独な普通のおじさんで、自分の孤独を一番わかってくれる人だった。おじさんと心の距離が近くなるほど、あんず自身も次第に過激さを増すゾンビへの差別に傷つき、自分とは違う「他者」との向き合い方を学んでいく。

 大人と子ども、ゾンビと普通の人間――そんな違いを超えて、あんずとおじさんがお互いを心の支えとする姿には胸が熱くなる。傷ついた心を抱えたあんずの純度の高い世界へのまなざしは、私たちに大切なことをいろいろ思い出させてもくれるはずだ。

文=荒井理恵

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