宮﨑駿監督、現実の鳥にも「飛び方まちがってるよ」とダメ出し!? 女性アニメーターが綴る「スタジオジブリ」舞台裏
公開日:2025/5/29

『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』……。世界中の人々を魅了する作品を生み出すアニメスタジオといえば、スタジオジブリだ。そのアニメ制作の現場では、どんな日々が繰り広げられていたのだろう。スタジオジブリが生み出す作品を知らない者はいないが、その舞台裏を知る者は少ない。
『エンピツ戦記—誰も知らなかったスタジオジブリ』(舘野仁美:著・平林享子:構成/中公文庫)には、そんな「スタジオジブリ」の日常、宮﨑駿監督や鈴木敏夫プロデューサー、高畑勲監督、スタッフたちの日々がありありと描き出されている。この本は、『となりのトトロ』から『思い出のマーニー』まで、アニメーターとして27年間ジブリの作品を支えた舘野仁美による回顧録の文庫版。アニメ制作の現場は、精神的にも肉体的にもギリギリまで追い詰められる場所だと聞くが、それは「スタジオジブリ」も例外ではないらしい。だが、舘野さんは、そんな日々を「この世は理不尽に満ちています」なんて辛口コメントを添えながら、軽やかに綴る。〈序文〉を鈴木敏夫プロデューサーが担当し、〈解説〉を直木賞作家の万城目学が担当した豪華なこの本は、ああ、隅から隅まで面白い。
そもそも舘野さんがアニメーターを目指すキッカケとなったのは、宮﨑駿監督が手がけた『未来少年コナン』だった。高校生の時にそれを見た舘野さんは「アニメーターにならねばならぬッ!」と、思いつめるほどになり、専門学校卒業後、作画スタジオ、フリーランスなどを経て、スタジオジブリに所属することになった。彼女が担当したのは、「動画チェック」と呼ばれるアニメの品質管理。動画の仕上がりをチェックし、よくないところがあれば修正指示をしたり自身で直したりするというものだが、その仕事は、監督からの指示と、作画監督、原画担当者からの指示の板挟みとなる役回りでもあり、日々先輩たちに怒られてばかりだったのだという。だが、舘野さんは苦労を重ねながらも、いい作品を生み出すべく苦闘を続けていく。絵を描くことが好きだった少女がアニメーターとして技術を磨いていく過程は、それ自体がまるでジブリ作品のよう。舘野さんの奮闘に思わず胸が熱くなるのはきっと私だけではないはずだ。
そんな日々とともに、スタジオジブリの舞台裏が明かされていくのだから、ページをめくる手が止められない。特に宮﨑駿監督の作品へのこだわりを感じさせるエピソードの数々は必読だ。たとえば、宮﨑作品の醍醐味といえば飛行シーンだが、宮﨑監督の鳥の飛び方へのこだわりは、とてつもなく強いらしい。『魔女の宅急便』の、ほうきに乗って空を飛んでいるヒロイン・キキが、雁の群れと出くわすシーンを制作した際は、鳥の生態に詳しい原画担当者が描いたそれを宮﨑監督は「鳥の飛び方はこうじゃない!」と厳しい口調で捲し立てたという。何が気に食わなかったのかわからなかった舘野さんだが、その数年後の社員旅行で、その訳に気づいた。社員旅行の最中、宮﨑監督は、奈良の猿沢池のほとりにいた水鳥が着水するさまを見て、「おまえ、飛び方まちがってるよ」と、本物の鳥にまでダメ出しをしていたのだ。これこそ、「現実の向こうにある理想のリアル」を追求する彼ならでは。「宮﨑駿」というプロフェッショナルがどれほどスタッフに高いレベルを求めていたのかをも感じさせられるエピソードだろう。
『紅の豚』のフィオのチェックシャツに込められた思い、宮﨑監督が「思いきり醜く描きたい」と『千と千尋の神隠し』の千尋の両親の描き方にこだわっていた理由、『風立ちぬ』の絵コンテ作業が進む中で、「菜穂子が死んだら、もう登場させられなくなってしまう」と悩むほどヒロインに感情移入してしまった宮﨑監督と、それを解決したアイデア。ジブリファンはそんなエピソードの数々にも惹きつけられずにはいられないし、アニメーターを目指す人にとっても、この舞台裏は興味深いに違いない。そして、一生懸命な人ばかりが出てくる本書は読む者すべてに元気をくれる。2014年、アニメーション制作部門の解散にともない、舘野さんはジブリを退社。西荻窪でカフェ経営を始めたが、文庫版である本書では、その後に始めた“アニメに関わる新たな挑戦”についても触れている。なんてバイタリティあふれる人なのか。なんだか勇気づけられた気分。アニメに関わる仕事をしていようがいまいが、この本を読めば、きっとあなたも「私も頑張ろう」と背筋が伸びるような気持ちにさせられるだろう。
文=アサトーミナミ