カレー沢薫が描く、35歳未婚女の“本気の終活”。憧れの伯母が孤独死した主人公と考える、ひとりで死ぬための方法【書評】

マンガ

PR 公開日:2025/6/21

ひとりでしにたい
ひとりでしにたいカレー沢薫 / 講談社

 漫画家・コラムニストのカレー沢薫氏は、蓋をして綺麗事を並べたくなる社会問題を独自の視点で掘り下げるのが上手い。例えば、代表作のひとつである『ブスの本懐』(太田出版)では使用を避けたくなる「ブス」という言葉を、あえて多用。最終的にブスがなんなのかさえ分からなくしてしまおうという野望を込めた斬新なコラムに、読み手は驚かされた。

 また、『なおりはしないが、ましになる』(小学館)では笑いを交えつつ、自身の発達障害というセンシティブなテーマとの向き合い方を描き切り、同志たちの心を軽くした。

 読者を笑わせつつ、物事の本質を突くアンサーを与えるからこそ、著者の作品は多くの人の心を掴むのだと思う。

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 第24回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門優秀賞を受賞した『ひとりでしにたい』(講談社)も、まさにそんな作品だと言える。本作は、30代半ばの未婚OLが本気の終活に取り組むという、斬新なストーリー。2025年6月21日(土)からは綾瀬はるかさん主演で、NHK総合でドラマ化される。

 主人公は、未婚のOL・⼭⼝鳴海。35歳の鳴海は、大企業でバリバリ働き、独身貴族として人生を楽しんでいるように見える伯母に憧れていた。だが、伯母は段ボール1箱分の遺品だけ残して孤独死してしまう。鳴海は衝撃を受け、おひとり様でい続けることに危機感を覚えるようになった。

 そこで、婚活を始めるも、なかなかうまくいかず…。そんな時、鳴海の心に刺さったのは同僚・那須田からの「結婚すれば将来安心って昭和の発想でしょ?」という厳しくも的を射た言葉だった。

 那須田の指摘は、もっともだ…。そう思った鳴海はあっさり、軌道修正。大切な愛猫を守りつつ、ひとりで生きてひとりで死のうと決意する。

 こうして、鳴海は30代半ばにして“本気の終活”を開始。伯母を反面教師に、孤独死の回避法を考えはじめる――。

 本作は老後や孤独死をテーマにした作品であるが、随所にシュールな笑いがちりばめられているため、内容が重くなりすぎていない。また、同期の那須田が、実は鳴海に片思いしているというラブコメ要素もあるので、噛み合わない2人の未来が重なり合う日は来るのだろうか…とドキドキする。

 いわゆる一般的な終活本よりもライトにまとめられているからこそ、これまで終活を考えたことがない世代も手に取りやすく、自分事として“最期の迎え方”に想いを馳せることができるのだ。

 ただ、すべての事柄がライトに描かれているわけではないのが本作の良さ。著者は鳴海の心理描写を通して、年を重ねるごとに募っていく未来への漠然とした不安や老後を考えると身内にすり寄りたくなる心の弱さなどを巧みに表現。

 そうした感情は、自分自身の中にもあるもの。見て見ぬふりしてきた自分を引きずり出された…。そう感じ、読み手はいつの間にか、悩みながらも必死に情報を集め、孤独な最期を避けようとする鳴海に自分を重ね合わせるはずだ。

 なお、鳴海の伯母が経済的な問題を抱えていなかったにもかかわらず、孤独死してしまったという設定も絶妙だ。老後の問題はお金で解決できると思ってしまいやすいが、実際は人との繋がりのほうが重要であるからだ。

“ひとりでしぬとは ひとに頼らないことではない”(引用/第3話P80)

 この言葉を心に刻んでおくだけでも、老後やいつか必ずやってくる“最期の日”の迎え方は変わるのではないだろうか。

 主人公が未婚女性であることから、本作はおひとり様向けの本だと思われるかもしれない。だが、実際は未婚や既婚、子どもの有無など関係なく、すべての方に読んでほしい終活本である。なぜなら、孤独死はパートナーや子どもがいる方も他人事と片付けられる問題ではないからだ。

 もし、結婚相手が先立ってしまったら…? 我が子が親の介護を拒否したら…? など、様々な事情が絡み合った“もしも”が自分事になる可能性は誰にでもある。そうした未来になった時、自分を守れるよう、鳴海と一緒に必要な知識を得てほしい。

 本作では我が国の孤独死事情や老後破産の怖さといった知識はもちろん、「親の終活」という難しいテーマとの向き合い方や困った時に女性が頼れる支援団体など、いざという時に役立つ情報も知れる。ぜひ手に取り、未来の照らし方を考えてほしい。

文=古川諭香

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