著作130万部超えの作家・浅倉卓弥氏がイギリスとのコラボで紡ぐ癒しとファンタジー!幻の本屋が迎えるのは、悲しみを知る人だけ【書評】

文芸・カルチャー

更新日:2025/5/28

桜待つ、あの本屋で
桜待つ、あの本屋で浅倉卓弥 / ハーパーコリンズ・ジャパン

「あんなこと言わなきゃよかった」「なんであの時、ちゃんと話をしなかったんだろう」——生きていると、なんだかこんな後悔ばかり増えてきたりするもの。いっそ忘れてしまえたらラクなのだけれど、なぜだかそんな後悔というものはずっと心の奥に残っていたりする。特に相手が故人の場合はなおさらで……今さらどうしようもないのはわかっているけれど、この物語を読むと、そんな心残りを解決する奇蹟が「もしかしたら自分にも起こるかも!?」と思えるかもしれない。

 その物語とは、浅倉卓弥さんの新刊『桜待つ、あの本屋で』(ハーパーコリンズ・ジャパン)だ。浅倉さんといえば「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したミリオンセラー『四日間の奇蹟』(宝島社)で知られる人気作家であり、癒しと再生がテーマのファンタジーの名手。本作でも見事に、ファンタジーの力で過去の後悔や悲しみを未来への「希望」に変えてくれる。ちなみに本作、もともとはハーパーコリンズ社のイギリス編集部から「日本が舞台で、桜が咲いている時にだけ開いている店の話を書いてほしい」というリクエストがあり、そこから浅倉さんがこの奇蹟に満ちた物語を紡がれたとのこと。発売前にすでに世界14カ国で刊行が決まっている、話題の一作だ。

 物語の舞台は、世界のどこともわからない場所にあって、桜の季節にだけ現れる不思議な本屋さん「咲良(さくら)』。神秘的なしだれ桜、古い木造で緑色の三角屋根にある青銅の風見鶏が目印の店の中——白のブラウスにワインレッドのジャンパースカートの少女が、香箱座りが得意な毛足の長い三毛猫「コバコ」と共に、コーヒーを淹れながら次の客が来るのを待ちわびている。店と客をつなぐのは「一冊の本」。桜が満開の季節、同じ日の同じ時刻に、少女と同じ本の同じ箇所を読んだ人に、店への扉が開かれるのだ。

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 ただし客になれるのは、後悔や悲しみを抱えた人だけ。連作短編集である本作には4組の客が登場するが、たとえば第一話では疎遠になっていた実母が急死し、突然の喪失に感情がついていかなくなってしまった漫画家の美緒が客となる。もう一度、母の声が聞きたかった…そんな後悔を抱えた美緒の前に、母の遺品であるサン・テグジュペリの『星の王子さま』がきっかけとなって不思議な本屋が現れる。そこで少女と三毛猫に出会った美緒は、母の人生の真実を知ることに。

 第二話は認知症で妻との約束が思い出せないことを悔やむ元鉄道員が、『夢十夜』(夏目漱石)をきっかけに、第三話では病気で早世した幼なじみとの別れに思いを残す双子の姉妹が、『ピーター・パンとウェンディ』をきっかけに本屋を訪れる。そして、物語のクライマックスとなる最終・第四話では、宮沢賢治の『春と修羅』をきっかけにとある少女が 本屋を訪れ、この不思議な本屋の謎が明らかに——。その秘密を知ったとき、読者は涙したり、セリフを噛み締めたり、様々な感情の昂ぶりに襲われることだろう。

 本書の設定はファンタジックな世界で、これを読む私たちにはこんな素敵な奇蹟は起こらないかもしれない。けれども、それぞれが過去と向き合って心に折り合いをつけ、前を向いて歩み出す姿には、心が温かくなる。そして彼ら彼女らの姿は、人が人生の中でぶつかるどうしようもない悲しみを乗り越えるための糧となるに違いない。ちなみに各自が過去と向き合うきっかけも「本」がキーとなっており、本の一節やセリフ、展開を例に、各々にクロスオーバーさせながら気持ちをつまびらかにしていく。その様子は、名作たちと“私たち”が地続きであることを感じさせるとともに、本という存在自体が人と人の記憶をつなぎ、心をつないでいく力を持つことをあらためて教えてくれる。誰かの思いが宿った本は、大いなる「奇蹟」だってうみだすのだ。

文=荒井理恵