伊坂幸太郎「今本屋にある本と自分は戦えるか?」苦手な恋愛小説の執筆に、“ないものを書こう”の伊坂はどう立ち向かった?【インタビュー】
公開日:2025/6/25
新刊の短編集は、タイトルを最初に決めた
25周年を彩る最新刊が、短編集『パズルと天気』だ。各種アンソロジーに発表し自著未収録だった4編と、書き下ろし1編が収録されている。
「版元さん(PHP研究所)のアンソロジーに書いた短編が2本あるので、もう1本書いて本にしましょうよと編集さんにずっと言われていたんです。去年ぐらいにいよいよという話になって、最初は3本の予定で進めていたんですが、自分の本に収録されていない短編があることに気づいて、収録させてもらうことになって。並べてみると、おとぎ話2本と人間ドラマ3本でちょうど良かったんですよ。僕の作風って、その2本立てなのかもしれないですね。結局それしかないのかも(笑)」
最も前に書いた作品は、アンソロジー『I LOVE YOU』(05年)に発表した「透明ポーラーベア」だ。恋愛小説を……という依頼に応えた一編だった。
「恋愛を書くのは苦手なのに引き受けてしまって、相当悩みました。僕なりの恋愛小説を書くなら、リアルタイムの片思いがどうこうといったものではないなと。遠距離恋愛で悩んでいる主人公に、姉の元カレという微妙な距離感の関係をぶつける。そうすることで、人間愛とか人類愛の話にだんだんスライドさせていくという、ずるい作戦です(笑)。ただ、お話自体は結構気に入っています」
アンソロジー『Happy Box』(12年)に収録された作品が「Weather」だ。著者名に「幸」の一字が入っている作家に、「幸せ」をテーマにした短編を……というチャーミングな企画趣旨に賛同して執筆を決めた。
「このテーマであれば、いつもの僕みたいにひねらずど真ん中で、ハッピーな気持ちになるやつがいい、だったら結婚式の話にするのはどうかなという発想だった気がします。今回読んだら、最後、ちょっと泣いちゃいそうになって、自分で書いたものなので恥ずかしくなったんですけど、そこに“天気の話しかできない男”というフックが入ってくることで、シラけず笑えるようになっていて、昔の自分もさすが僕の好みを知っているなって思いました(笑)」
「イヌゲンソーゴ」は、犬をテーマにしたアンソロジー『Wonderful Story』(14年)の収録作だ。あまたの伊坂作品の中でも、コミックノベル度合いがとびきり高い。
「『花咲か爺さん』とか昔話には犬が結構出てくるので、全部まとめてパロディにしちゃえというチャレンジングな、ひどい話です(笑)。あとがきにも書きましたけど、依頼もひどかったんですよ。執筆者は名前の一文字を『犬』に変えて、伊坂さんは伊坂幸犬郎、貫井徳郎さんは貫井ドッグ郎さんになりますと言うんです。短編は苦手なので無理ですって断るつもりだったのに、つい笑っちゃったから、やります、と言っていました」
「竹やぶバーニング」は、アンソロジーの選者である作家・森見登美彦から直々の依頼を受け、『美女と竹林のアンソロジー』(19年)のために執筆した。これまた笑える一作だ。
「仙台の七夕祭りは、商店街に竹がいっぱい飾られるんです。編集者との打ち合わせがたまたまその日だったので、何か使えるものがあるかもしれないと思って久しぶりに見に行ったんですよね。そこでふと、商店街にいっぱいある竹のどれかに、かぐや姫が入った竹が混入していたらどうやって見つけるかな、と。男2人のくだらないやり取りをいっぱい書けて楽しかったです」
アンソロジーごとに設定されたお題と向き合い、半ば強引に想像力を刺激されたことで、新たなアイデアが芽生えていく。そのプロセスは、書き下ろし短編「パズル」にも適用されていた。
「最初に、短編集がどんなタイトルだったらワクワクするかなと考えたんです。『Weather』を収録することは決まっていたから、『天気』という言葉は入れたくて、それだけじゃ寂しいので、じゃあ、パズルという言葉がバランスとして強いかな、と思って。勘でしかないですけど(笑)。で、『パズルと天気』。じゃあ書き下ろす短編は、『パズル』というタイトルにすればいいのかなと思ったんですよね。自分でお題を作った形です(笑)」
この一編は、作家の「ないものを書こう」精神がわかりやすく反映された作品でもある。小説界に新たな歴史を刻む、「マッチングアプリ探偵」が登場するのだ。
「マッチングアプリで知り合った相手を調べるとかでなくて、マッチングアプリでしか出会えない名探偵なんです。“そんなことある?”という無茶な設定ではあるんですけど(笑)、これを思いついた瞬間“書ける!”となったんですよ。これはまだ誰も書いていないはずだから、早く書きたい、書き上げたい、と。まあ、誰か書いているかもですが」
最も古い「透明ポーラーベア」もそうだし、最も新しい「パズル」もそうだ。驚かされたり、泣いたり笑ったりと目まぐるしく感情を揺さぶられるストーリーの中に、「こういう考え方をしたらどう?」という提案がそっと差し挟まれている。
「小説って、喩え話だよなあと思うんです。僕が普通の会話の中で“パズルっていうのはこうで、天気っていうのは……”と喋っても、聞き流されて終わっちゃうじゃないですか(笑)。でも、同じことを喩え話にして語れば楽しく聞いてもらえるし、もしかしたら何かを受け取ってもらえる。小説って能動的に読むものだから、そこで出合った何かは自分が得たもの、自分で発見したものって気持ちになるんですよね」
驚きがあると言い切ってしまっても驚かせる自信がある
本書に収録された作品はユーモア度が高いものが多く、伊坂作品では珍しい恋愛の空気も数作にまたがって流れていて、ミステリーとしての満足感もある。そして、「こういう考え方をしたらどう?」という提案にグッとくる。カラフルで、伊坂幸太郎らしい一冊だ。
「僕も結構、僕っぽい本になったなぁと思っています。“初めて読むならどの本がいいですか?”と聞かれたら、今だったらこれだと答えるかもしれません」
書店ではきっと、今年1月に刊行したSFミステリー『楽園の楽園』と並べて置かれることになるだろう。『パズルと天気』とは全く違うタイプの物語だが――。
「そっちはそっちで僕っぽいと思ってもらえるものにはなっていて、やったぜ、みたいな気持ちはありますね。今までたくさん書いてきたおかげで、振れ幅にみなさん慣れてきたというか……飽きてきていなければいいんですけど(笑)」
ここで、朗報が。今年の後半に、待望の書き下ろし長編が刊行される予定だ。『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ホワイトラビット』に連なる、伊坂流ミステリーのど真ん中を行く作品になるという。
「僕の小説って、ミステリーとして受け止められないことも多くて、これもミステリーだと思われない気もするんですけど、僕としてはミステリーのつもりで(笑)。仕掛けというか、驚きがあるんですよね。驚きがあると言い切ってしまっても驚かせる自信がある。というのが理想なので、それを目指しています(笑)。今ようやくクライマックスに当たる場面まで辿り着いたんですが、そこを書きたくて、ここまで1年以上かけて頭から書いてきたんですよね。自分の中でずっと思い描いていた興奮が、ちゃんと伝わるものになるのかどうか。結構怖いんですが、今めちゃめちゃワクワクしているんです」
またひとつ、まだこの世界に存在していない物語が生み落とされようとしている。では、その後の展望は? 作家としてのこれからの目標とは――。答えは、伊坂作品からの影響を公言する次世代作家・浅倉秋成との対談で。
いさか・こうたろう●1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年に『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で日本推理作家協会賞(短編部門)、08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞、20年『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞を受賞。
「解決できない不思議なことってあるじゃないですか」
「あまりないけれど」
「ネット上に噂があるんですよ。あるアプリのプロフィール欄に、『解けない謎があります』と書いておくと解決してくれる人とマッチするって」
「悩みじゃなくて、謎なんですか」
――「パズル」(『パズルと天気』所収)より
5月30日発売予定

『パズルと天気』(伊坂幸太郎/PHP研究所)1760円(税込)
「マッチングアプリ上に、悩み事を解決してくれる女性がいる」。そんな噂を聞いた会社員の秀磨が、アプリのプロフィール欄に「解けない謎があります」と書いてみるとマッチングが成功。やってきた女性に、コーヒーショップで悩みを吐露すると……。名推理が気持ちいい書き下ろし短編「パズル」のほか、全5編収録の短編集。