伊坂幸太郎の25年を8つの視点で振り返る。“誰も怖がらなくていい未来”を描いた伊坂作品の目指す世界【書評】
更新日:2025/6/2
社会との関係を描く第1期、実験路線の第2期
伊坂は自身の作風変遷を第1期、第2期と呼び表している。第1期は『オーデュボンの祈り』から、2006年より翌年にかけて『河北新報』に連載され、2010年に刊行された『オー!ファーザー』までである。この時期の作品では小さな集団が設定され、その中と開いた窓から見える社会との関係が描かれた。この作品世界は他にはない読み味を提供するもので、ファンには居心地のいいものだったが、伊坂はさらなる冒険を試みた。2007年の『ゴールデンスランバー』だ。


この作品は第21回山本周五郎賞と第5回本屋大賞に輝き、伊坂の代表作の一つとなる。フェイクニュースによって首相暗殺の犯人に仕立て上げられた主人公の逃亡を描く小説で、あらすじそのものは一直線のスリラーなのだが、途中に出てくるさまざまな物事が伏線として結末で回収される物語運びが話題となった。伏線回収は現在、エンターテインメントにおいて非常に重視される要素だが、そのはしりとなった作品である。
理不尽な陰謀によって存在の危機に晒される主人公という図式は、2008年に刊行された次作の『モダンタイムス』でも繰り返される。この作品で描かれる恐怖は、インターネットの闇だ。インターネットが真偽の判断が不可能となる混沌を生み出すことが、この作品ではやはり先駆的に描かれていた。連載媒体はマンガ雑誌の『モーニング』である。伊坂はマンガ制作の手法に学び、編集者と対話をしながら物語の展開を決めていくというやり方でこの作品を書いた。

それまでの作品が単館上映のヨーロッパ映画だとしたら、『ゴールデンスランバー』『モダンタイムス』はハリウッド大作である。伊坂はそう定義し、読者が拒絶反応を示すのではないかと危惧したが、2作のうち特に『ゴールデンスランバー』は逆に熱狂的なファンを生み出すに至った。ここから伊坂はさらなる冒険を開始する。デビュー以来続けてきた、誰も書いたことがない小説の可能性追求に取り組み始めたのだ。第2期の始まりである。
この第2期には本当に類例のない小説が並んでいる。2009年の『あるキング』は、ある男性の生涯を多数の証言で構成するという伝記の手法で書かれた作品だ。続く同年の『SOSの猿』はマンガ作品とのコラボレーションとして始まった作品で、最初に読者の目に触れる物語が意味するものが何であるかが、作中世界のタイムラインが終盤に近付かないとわからないように書かれている。そこで初めて『SOSの猿』が何かがわかるのだ。これと並行して書かれていたのが『バイバイ、ブラックバード』である。応募した読者の家に、書簡の形で小説が次々に送られてくる。その連載分と書き下ろしをまとめた形で2010年に単行本が発売された。2010年には前述の『オー!ファーザー』と殺し屋シリーズ第2作『マリアビートル』も世に出ている。そこで一旦作家の筆は止まった。2011年3月11日に東日本大震災が発生したからだ。



震災が与えた影響
最も甚大な被害を被ったわけではないものの、多くの犠牲者を出した被災地にほど近い場所に住む伊坂は、自分の無力さに打ちのめされたという。その時期の心境はエッセイ集『仙台ぐらし』に収録された文章に詳しい。もう小説を書くのを止めてしまおうか、と思ったほどだったが、同年11月から『朝日新聞』に『ガソリン生活』の連載を開始した。自動車が主人公という設定こそ突飛なものだが、登場人物の魅力によって話が作られていくという正攻法のキャラクター小説である。震災前に完成していた最後の小説は、おそらく中編集『PK』の表題作で、これは初めて文芸誌に掲載された作品となった。ここで実験路線の第2期は終了し、伊坂はエンターテインメントの可能性を幅広く模索していくことになる。



伊坂が震災前から水面下で進めていたプロジェクトが、2014年に刊行された阿部和重との合作『キャプテンサンダーボルト』だった。阿部は伊坂と同じ大江健三郎ファンである。社会を前にしたとき個人はあまりにも無力であるという世界認識にも共通したところがあり、卑小な存在が巨大な敵に立ち向かう、胸のすくような物語が出来上がった。逃亡劇としての構成は『ゴールデンスランバー』を思わせるが、構成はさらに正統的な冒険小説だ。
