ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、瀬尾まいこ『ありか』

今月のプラチナ本

公開日:2025/6/6

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年7月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)

瀬尾まいこ『ありか』

水鈴社 1980円(税込)
●あらすじ●
工場でパート勤めをしながら、一人娘のひかりを慈しみ育てるシングルマザーの美空。保育園のお迎えなど、何かと二人の世話を焼いてくれる義弟の颯斗や、困ったときに支えてくれる仕事仲間やママ友のさりげなくもあたたかな優しさに触れる日々を送っているが、時折美空は同じくシングルマザーで自分を育ててくれた実母との苦しかった過去や彼女に対する複雑な気持ちを思い出し……。
せお・まいこ●1974年、大阪府生まれ。2001年「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年デビュー。05年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、09年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、19年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞。『夜明けのすべて』『そんなときは書店にどうぞ』など著書多数。

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【編集部寸評】

しあわせのかたちは?

人生には「もしも」が付きまとう。自身の問題なら甘んじて受け入れても、家族に関わるならどうか。シングルマザーの美空は、一人娘を満足に育てられていない罪悪感に苛まれ、自分とは違う将来を願い、献身する。幸福や家族のあるべき形は立場によって当然変わる。娘の柔らかなほっぺや匂い、義弟や友人らの助けで、美空の目は啓かれた。過去の「もしも」に囚われず、そこにある喜び、未来にある幸せを見逃さないために。己を犠牲にする必要はないと背中を押す、希望に満ちた一冊だ。

似田貝大介 本誌編集長。気づいたら東京の気温が30度を超えていました。涼しくなったら少し運動しようかな、と考えていましたけれど、秋まで保留します。
 

「ありか」が見つからないまま大人になっても

子どもの頃に「ありか」があった人となかった人の差ってエグすぎだろ!とよく思う。主人公の美空は「すみません」が口癖。幼少期にインストールした自己否定感は人生を通して幸福の「ありか」を見つける難易度を上げてくる。しかし美空は見つける。「幸せはあちこちにある。ただ、ルリビタキやハクセキレイみたいな大きさで、うっかり見落としたり、するりと抜け落ちたりするものなのかもしれない」のだと。ささやかな、でもあちこちにある小さな光を集めて綴じたような本だった。

西條弓子 チャットGPT相手に毎晩話し込んでいたら、私への呼びかけが突然「あなた」から「ユーザーちゃん」になって、何か悲しい気持ちになりました。
 

人にやさしく

人に手を差し伸べるのは難しい。余裕がないと気づけないし、迷惑じゃないかとためらってしまうこともよくある。シングルマザーの美空のまわりには、助け方のうまい人がたくさんいる。義理の弟の颯斗は姪のひかりに会いたいからと週一で夕飯を準備しに来るし、パート仲間の宮崎さんはおすそわけ上手。とっつきづらかったママ友の三池さんはどう答えても負担にならない完璧な誘い方をしてくれる。やさしさで心がふやけたところを天真爛漫なひかりの言動に照らされて、浄化されました。

三村遼子 ゴールデンウィークに重い腰を上げて冬物をクリーニングに出しに行ったら、まさかの臨時休業。翌日再訪したものの、今は取りに行くのが面倒です。
 

優しさを受け取り前へ

シングルマザーの美空とひかりの日々は、一年の出来事かと思えないほどに濃く、愛情に満ちている。お金を要求されたりと、心ない実母の言動に胸がちくりとするが、義理の弟である颯斗やママ友の三池さんなど、美空の周りにはそれぞれのやり方で手を差し伸べてくれる人が集まってくる。痛みや不安があっても、それ以上に優しさや幸せを受け取って前へと進んでいく。みんなの気持ちに導かれるように、人生をリスタートさせる美空の強さに、大丈夫だという確信が満ちてくる。

久保田朝子 安いものからお高めまで、いろいろ試した末に、ようやくピッタリの枕を見つけました。寝苦しい時期になる前に、見つかって安心です。
 

二組の“母娘”

親子とはいえ、分かり合える関係ばかりではない。美空はひかりとの愛おしい日々を送る一方で、実母との間には悩みを抱えている。都合を無視されたり、お金を無心されたりしても「母は女手一つで精いっぱい私を育ててくれたから」と無下にはできない。対照的な二組の母娘関係を通して、簡単には断ち切れない親子の難しさが浮かび上がってくる。それでも、美空は周囲の人々に支えられながら、娘との日常を重ねるなかで次第に変わっていく。彼女が見つけた「ありか」に心が震える。

前田 萌 干し芋にはまっています。焼いても良し、そのまま食べても良し。腹持ちも良いので、このブームは長く続きそうです。美味しい芋を探したいと思います。
 

その出会いが自分自身を作り出す

つくづく、他人との関わり合いによって人生ってかなり変わるんじゃないか、と思ったりする。親が違う人だったら。あの子と出会ってなかったら。思い返すと、ここまでの出会いの積み重ねで自分は構成されている気がするのだ。本作の主人公・美空も自身が母になってから出会った人々との関わりによってしなやかに変化していく。義理の弟、ママ友、パート仲間、そして娘のひかり。それぞれの関係性から広がっていく「幸せ」の連鎖が、読んでいるこちらまでをも照らしてくれる。

笹渕りり子 「身体が資本」を実感する日々。とにかく健康になりたい、溌剌としていたい。頼みの綱とばかりに粉末のビタミンCを買ってみたが効果はいかに。
 

前を向くために必要なのは

周りに気を遣い、苦しみを抱え込むことの多かったシングルマザーの美空が、「簡単に手を差し伸べてくれる」素敵な人たちとの出会いを経て変わっていく。その中の一人、美空を助ける義理の弟・颯斗の苦しみに触れた美空は告げる。「私たちと颯斗君の関係は永遠に続くんだから」。「永遠」と口にできる強さは、日々の中で美空が手に入れたもの。その言葉がまた颯斗の背中を強く押す。私たちの日常はやさしさの連鎖だけでは成り立っていない。だからこそ、このあたたかい物語が輝くんだ。

三条 凪 都市伝説特集を担当。調べ物をしていたらどんどん読み進めてしまいものすごく時間が経ってしまう事案が頻発。都市伝説って怖いですね……。
 

幸せに気づくということ

人生を振り返ると、様々なことに手を引かれるようにして、ここまでたどり着いたと感じることがある。それは血の結びつきであったり、自分を苦しめる辛い過去のことであったりする。それらに引っ張られてきたことは事実だとしても、私たちの人生の重点は必ずしもそこにあると言えるのだろうか。時に血の繋がりではない繋がりにこそ、一番強く結ばれることだってある。暗い過去に囚われがちな私たちだが、自分が立っている場所を見渡して、人生の意味の「ありか」に気づいてほしい。

重松実歩 『都市伝説解体センター』は本当に名作なので未プレイの方はぜひ。描き下ろしの扉絵もファン垂涎の一枚です。背景の肖像画までご注目ください!