現代人は「巨大テック企業の農奴」?私たちの好みや行動を操作する、新たなシステム「テクノ封建制」とは何なのか【書評】
公開日:2025/6/21

毎日知恵を絞って働いているのに正当に評価されない。スマホやSNSで好きなコンテンツを見ているはずなのに、心が満たされない。そんなやり場のないモヤモヤした気持ちを抱えている人も多いのではないだろうか。こうした私たちの苦しみには、テクノロジーの進化がもたらした世界の大きなうねりが関わっているのかもしれない。その答えは、本書『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』(集英社)を読むとわかる。
著者は、2015年のギリシャ経済危機の下、財務大臣に就任し、現在はアテネ大学で教授を務める経済学者のヤニス・バルファキス氏。著者は、政治家としてギリシャや世界の経済危機と向き合ってきた経験と経済学的知見から、今、世界には、資本主義に代わる新たなシステム「テクノ封建制」が跋扈していると説く。
テクノ封建制とは、土地を所有する領主のもとで農奴が搾取されたかつての封建社会と同様に、巨大テック企業がインターネット上のデジタル空間を支配する領主として君臨し、ユーザーからレント(地代・使用料)を搾り取ることで巨大な利益を得ている世界の現状を指す。テック企業の提供するサービスのユーザーは、無償で個人情報や嗜好などを差し出すことでテック企業の資本拡大に寄与しているが、ユーザーの生活はデジタルに依存しているため、農奴のようにその土地から移動することはできない。彼らはデジタルを利用しているように見えて、実は好みや行動を領主に操作されている。テクノ封建制の支配下で、私たちは自由な個人として生きる権利を奪われているという指摘には背筋が凍る。
このテクノ封建制の隆盛には、アメリカをはじめとする各国の政治的な思惑も関わっているという。著者は、暴力的で不公平なこのテクノ封建制が、世界経済や国際政治に関するさまざまな危機を引き起こしていると伝えている。
GAFAMらテック企業による情報の搾取や、テクノロジーの進化に規制が追いつかない懸念はかねて指摘されているが、本書は、テクノロジーの進化によって豹変した経済のあり方を、歴史や政治などの背景を交えて伝えているため、読者は世界の現状を立体的に理解できる。同時に本書は、激動の2020年代の経済を追う物語としての厚い読み応えもある。なぜ、世界の格差や分断が広がっているのか。働くほど追い込まれる人がいるのはなぜか。これほど円安が進んでいる理由は何か。本書を読むと、社会全体、そして私たちの生活にも関わる、お金や働き方の謎が解ける。
そして著者は、「テクノ封建制からどうすれば脱却できるのか?」という問いへの答えを明確に示す代わりに、最終章で「テクノ封建制と違う方向に進んだもうひとつの世界」の物語を聞かせてくれる。その世界では、デジタルに依存する今の常識とまったく違う仕組みや習慣が浸透していて驚くが、脳内の凝り固まった部分を刺激されるようで楽しい。激動の世界を冷静にとらえる視点や、新たな領主の暴挙に屈せずに生きるための知恵を与えてくれる1冊だ。
文=川辺美希