吉田恵里香さん「“読者に嫌われないような主人公”に修正はしなかった」9年ぶりに復刊した初のオリジナル小説で描いた“失敗してもなんとでもなるよ”は今でも変わらないメッセージ【『にじゅうよんのひとみ』インタビュー】
公開日:2025/6/18

2025年5月にスタートした文庫レーベル「ハーパーBOOKS+」。日本の面白い作品を発掘し、世界への発信を視野に入れて刊行していく。創刊に先駆け“プレ創刊”として復刊した『にじゅうよんのひとみ』について、著者であり、NHK連続テレビ小説『虎に翼』など数々のドラマ脚本をつとめる吉田恵里香さんに、あらためて本作を振り返ってみての心境や改稿についてなどをうかがった。
人の欠点やコンプレックスを描きたい、という気持ちが、当時は強かった
――『にじゅうよんのひとみ』は、2016年に刊行された、吉田さんにとって最初のオリジナル小説です。24歳の誕生日、主人公・ひとみの前に突然赤ん坊が現れて、1時間に1歳ずつ成長していく姿に、それがかつての自分だと知り、いやおうなしに過去と向き合わざるを得なくなっていく……という設定が、まずすごくおもしろかったです。
吉田恵里香さん(以下、吉田) 大学4年生のときに選択した、マンガを描く実習授業で「1時間に1つずつ年をとる」というネタを思いついたんですよ。当時は、マンガで描くには難しいと先生に言われ、違う作品を提出したのですが、いつかどこかで使えないかとあたためていたので、小説のオファーをいただいたときに、今こそ挑戦してみようと。加えて、私自身が壺井栄の『二十四(にじゅうし)の瞳』を『にじゅうよんのひとみ』と読むのだと長らく勘違いしていて、指摘されたあとも「にじゅうよん」の語呂の良さが気に入っていたこともあり、「24歳になったひとみちゃんが、0歳からの自分に向き合う24時間」という設定に決めました。
――〈二十四歳って、もっと大人だと思っていた。中身も外見も、大人とは程遠い。いつになったら、まともな大人に成長できるのだろうか。〉という、冒頭の独白がすごくよかったです。それって案外、30代になっても40代になっても、多くの人が抱えている葛藤なんじゃないかな、と。

吉田 人の欠点やコンプレックスを描きたい、という気持ちが、当時は強かったような気がします。いくつかのラブコメ作品に関わったことが、私のキャリアを開いてくれはしたんですけど、私個人としては、ずっと、キラキラした青春みたいなものを全肯定することの違和感を抱えて生きてきたんですよね。だから、宮藤官九郎さんの『木更津キャッツアイ』や『タイガー&ドラゴン』のように、屈折したものを抱える、どちらかというとネガティブな女の子を主人公に物語を描きたいと思っていたんです。
復刊にあたって修正するのは「20代の私に失礼だなと思って、やめた」
――ひとみは、学生時代から付き合っている丸山くんと、同棲4年目であるということ以外、何も手にしていない。その丸山くんとの関係すら行き詰っている「今」を、いちばん見られたくないのは、過去の自分ですよね。とくに問題がなくても、思春期の自分になんて絶対会いたくないのに……。
吉田 私も絶対、会いたくない(笑)。「は? そんなんで満足してるの?」「なんでこれくらいのことも知ってないの?」って悪態をつくに決まっていますから。当時の自分が思い描いていた輝かしい未来にまったくたどりつけていないどころか、人気者の丸山くんと付き合えたことに今なおしがみついているひとみは、なおさら会いたくないだろうけど、自分はなんにでもなれると信じていた、狭い世界だからこそ成立していたその無敵感と向き合うことで、取り戻せるものもきっとあるんじゃないかな、と思ったんです。
――でも同時に、丸山くんと付き合うために、友達のタケちゃんにひどいことをした自分にも向き合わざるを得なくなっていく。回想を読むと、けっこう容赦なくひどいことをしていて、びっくりしました。主人公なのに、悪役みたいで(笑)。
吉田 最低ですよね(笑)。欲しいものを手に入れるためにはなりふり構ってなんていられない、ってことはもちろんあるし、きれいごとを並べ立てるほうが癪に障るということもある。でも、本当に他人を傷つけてまで自分の欲望を押し通そうとする主人公なんて、誰も望んでいないと思うんですよ。今の私だったら、読者に嫌われないよう、もうちょっと手心を加えただろうし、実際、改めてゲラで読み返したときに、修正しようかとも一瞬、迷いました。でもそれは、20代の私に失礼だなと思って、やめたんです。あのときの私は、そのひどさも含めて、自己嫌悪とコンプレックスにまみれた主人公として、ひとみを描きたかったはずだから。
選択を間違えてしまう主人公が、選択肢を取り戻していく姿も描きたかった

――すごく、よかったです。13歳の自分にけしかけられて、タケちゃんと再会して謝罪するところも。「謝ったからといって許されるわけではない」と「だからといって謝罪が無意味なわけでもない」を両面からしっかり描いてくれるから、吉田さんの物語は信頼できるのだと思いました。
吉田 ひとみは、間違った努力を重ねてしまう子なんですよね。本当に必要な努力はできないし、やらないから、大事なことを逃し続けて今に至っている。でもそれって、若いころは誰しも経験することだと思うんです。今の私から見れば、24歳もじゅうぶん若いし、いくらでもとりかえしがきく年齢だけど、何か一つ失敗したら、自分の地位を損なうようなことをしたら、すべてが終わってしまうという焦りと閉塞感に追い詰められて、選択を間違えてしまう。そんな彼女が、選択肢を取り戻していく姿も描きたいなと思っていました。だから、実は、ラストはマルチエンディングにしようと思っていたんですよ。
――ゲームみたいに?
吉田 そう。丸山くんと幸せになる未来、元カレの辻本先輩とやりなおす未来、あるいは……というように4つくらいの結末を描きたいな、と。けっきょく、初めてのオリジナル小説でそれをやるのはリスクが高いだろうということで、今の結末に至ったわけですが、20時くらいまでは、どのエンディングに転んでもおかしくないようには描いています。ここで選択を間違えていたら、失敗をしていたら、きっとこういう未来になっていただろうと読者の方にifを想像してもらえるような余地を残したかった。それは、今作に限らず、どんな物語を描くうえでも意識していることですね。
――その意識は、いつごろから芽生えたのでしょう。
吉田 明確には覚えていないんですけど、エドワード・ノートン主演の映画『25時』には影響を受けている気がしますね。劇中で、主人公が選ばなかった未来が描かれる場面があるんですけど、ifストーリーというのはすなわち、主人公の「そうありたかった」という願いであり、「選択を間違えなければそうあれた」という可能性でもあるじゃないですか。アル・パチーノ主演の映画『カリートの道』でも、ラストでやっぱりifの未来映像が流れるのですが、選択しなかったことも含めて、自分のしてきたことに向き合う人の姿を描く作品が、私は好きなんだろうなと思います。
――21時を過ぎた段階で、ようやくひとみは「逃げない」と決断するじゃないですか。それはつまり、選択したということで、腹をくくればいつだって、どんな未来も選べるんだという希望が、描かれている気がしました。
吉田 自分を殺してまで我慢し続ける必要はないし、心が折れる前に逃げていいんだよとは思っているんですけど、どうしたって戦わなきゃいけない瞬間というのが、人生には必ず訪れる。自分を嫌いにならないために逃げない選択をすることが、良くも悪くも自分を変えていくんだという想いは、強いかもしれませんね。そのせいで大失敗することもあるとは思うんですけど、それで何もかもが決まってしまったりはしないとも。「失敗したほうがいい」とは思わないけど「失敗してもなんとでもなるよ」というのもまた、物語を通じて描きたいことかもしれません。でも、そう思えないからつらいんだよね、ということも含めて。
若い時に“いかにもちゃもちゃしたか”で、30歳以降の人生がずいぶん変わってくる

――失敗したらとりかえしのきかない空気は、この小説が刊行された2016年よりも強まっている気がするので、今の20代に、ひとみのもがきはより響く気がします。
吉田 本当に、もっと寛容な世の中であってほしいなと思いますね。若いころ、いかにもちゃもちゃしたかで、30歳以降の人生がずいぶん変わってくると思うから……。失敗しろ、傷つけとは決して思いません。でも人間関係で赤っ恥をかいたり、盲目的に恋をしてまわりにあきれられたり、たしかにそのときは目も当てられない気持ちになるかもしれないけど、その経験によって得たタフさが、その後の自分を守ってくれることもある。逆に、正解とされるものばかりを選び続けて、怒られることを回避することに全力で生きてきた結果、一度のつまずきで立ち直れなくなってしまう、おかしな方向に進んでしまうということもあると思うんです。真面目な人ほど、よくない恋愛やビジネスに傾倒してしまうのも、その一例だと思うんですけど……。
――失敗の経験則がないと「これは途中で引き返したほうがいいやつ!」ということにも気づけなかったりしますしね。
吉田 恥ではあるけど、どうとでもなる、もちゃもちゃしたアドベンチャーに、おそれず飛び込んでいってほしい気持ちはありますね。ひとみは確かに、間違った努力と選択ばかり重ねてきたかもしれないし、この小説で描かれる結末のあとに、けっきょくまたとんでもない事態に陥るかもしれないけれど、誰にどう思われるかではなく、自分がどうしたいかを軸に今を積み重ねていくことによって、自分の「こうありたい」という姿には近づいていけるんじゃないかなと思うんです。丸山くんに執着して、「人気者の丸山くんと付き合っている自分」だけを誇っていたときには手に入れられなかった幸せが、思いもよらない形で手に入ることも、きっとある。そんな希望を、感じていただけたら嬉しいですね。
――他人軸で生きるな、というのもまた、吉田さんが今に至るまでずっと描き続けていることで、本作は吉田さんの原点ともいえる作品なのだなと改めて思いました。
吉田 当時は「デトックス・ファンタジー」と言っていたんですけど、自分のなかの毒を、卑下したくなるコンプレックスを、全部吐き出して、それも含めて自分だと認めてあげることが、自分を大事にするということなんだろうなあ、と思います。もちゃもちゃしていたって、大丈夫。失敗しても、正しくなくても、自分次第でどうとでも人生の舵は切れるはずだよ、と。そういう、私が物語を通じて描きたい根っこの部分は、昔も今も全然変わっていないのだなと知れたことは、驚きであると同時に、自信の一つにもなりました。経験を積んで、成長するということは、良くも悪くも変わらざるを得ないということではあるけれど、いちばん大事なところはきっとずっと譲らないまま、これからも物語を描いていくのだろうと思います。

(取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳)