「ジャンプ+」が王者「週刊少年ジャンプ」に挑んだ10年。漫画ファンだけでなく、仕事に悩む社会人も読むべき“仕事論”【書評】
PR 公開日:2025/6/20

『SPY×FAMILY』や『ルックバック』など、数々のヒット作を生んできた「少年ジャンプ+」。いまやデジタルマンガ界の“王者”とも言えるこのアプリは、どのようにして誕生し、何を乗り越えてきたのか。その舞台裏に外部の目線から迫ったのが、『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』(戸部田誠/集英社)だ。
本書はフリーライターである戸部田誠氏によるノンフィクションだ。編集者をはじめ、社内外スタッフ、外部会社、作家など、「ジャンプ+」関係者への徹底取材をもとに書かれている。「ジャンプ+」編集部の公式本ではなく、「あくまでも外部から見た『ノンフィクション』として出したい」との要望から出発した本書は、著書である戸部田氏から見た「ジャンプ+」の物語だ。
本書には、「ジャンプ+」掲載作品のファン垂涎の裏話がこれでもかと詰め込まれている。藤本タツキ氏のデビュー話や、『SPY×FAMILY』が連載に至るまでの経緯、『怪獣8号』の誕生話など、歴代のヒット作にまつわるエピソードが余すところなく語られる。
しかし、本書は単なる成功の舞台裏をなぞるだけのファンブックではない。この本で描かれるのは、組織の中で挫折や悔しさを味わった者たちが、“王者”たる「週刊少年ジャンプ」へ挑む姿だ。
物語は、「ジャンプ+」創刊に関わった編集者たちの前日譚から始まる。彼らの入社から「ジャンプ+」編集部に行きつくまでのストーリーが、人間模様とともに丁寧に綴られる。「ジャンプ+」創刊の核を担ったのは、当時の編集長だった瓶子氏、副編集長の細野氏、そしてのちに編集長に昇格する籾山氏だ。本書の中でとくにキーマンとなるのは籾山氏だろう。デジタル事業部から「ジャンプ+」にやってきた彼は、もとは記者や報道志望の青年だった。しかし籾山氏は入社早々「月刊少年ジャンプ」へ配属される。異動を経ながら成長し、「ジャンプ+」へとたどり着くまでの彼のストーリーには、組織の中で生きる社会人が直面する悔しさや喜びが詰まっている。
紆余曲折を経てローンチされた「ジャンプ+」だったが、順風満帆だったわけではない。創刊から1年後には「ダウンロード数の伸び悩み」にぶつかり、大ヒットとなるオリジナル作品にも恵まれない苦しい時期に突入する。ぶつかった壁で意識するのは、圧倒的王者たる「週刊少年ジャンプ」だ。「ジャンプ+」は本誌の“衛星誌”ではなく別媒体。その意識からくる編集者たちの葛藤や困難な状況に立ち向かう姿に、読者も思わず胸が熱くなるだろう。
終章の最後のページを読み終えたとき、まるで1本のドキュメンタリー映画を観たときのような、涙腺が緩む感覚がした。「ジャンプ+」での10年を経て籾山氏が細野氏に送った一言。その言葉はシンプルながら、これ以上ないほどの想いが詰まっていた。
『王者の挑戦「少年ジャンプ+」の10年戦記』は、マンガ好きにはたまらない「読み物」であると同時に、「組織の中で何かを変えたい」「時代に挑みたい」と願う人にとっての“仕事論”でもある。成功の方程式ではなく、試行錯誤と情熱の軌跡が詰まった一冊。「ジャンプ+」の読者はもちろん、マンガ業界の裏側に興味のある人、そして自分の仕事に悩みや迷いを感じている人にこそ、本書を手に取ってほしい。働く社会人にとって、確かな励みになるはずだ。
文=倉本菜生