アムロとララァの物語は、「ガンダム」シリーズファン必読。人の情念を描き続けたシリーズの源流を探る小説【書評】
公開日:2025/7/25
大阪では万博のガンダム像を見に人が集まり、新しいガンプラが発売されれば求める人たちで店に行列が出来る。そう聞くと、やっぱりガンダムとはモビルスーツと呼ばれるメカが人気のアニメなんだと思われそうだが、1979年から80年にかけてTVアニメの『機動戦士ガンダム』が放送された当時、評判になっていたのはどちらかといえば登場するキャラたちによって繰り広げられるドラマであり、そんなキャラたちのビジュアルのカッコ良さや美しさだった。
その筆頭がシャア・アズナブル。仮面を被ってひとりだけ目立つ赤い軍服をまとい、甘さと渋さが同居した声で喋るシャアが、敵キャラとして圧倒的な強さを見せて興味を誘った。実は超絶美形のその素顔と、やがて明らかにされた高貴な血筋も乗って人気は頂点へ。『ガンダム』の生みの親の富野由悠季監督がソノラマ文庫から出した小説版『機動戦士ガンダム』の表紙が、ガンダムではなくシャアになったのもそんな人気ぶりを受けたからだろう。
シャアというライバルがいたからこそ、主人公のアムロ・レイも存在感が相対的に強まった。機械好きで鬱屈していてとおよそヒーローらしくないキャラだったのに、ガンダムというモビルスーツを駆ってシャアに挑み、これに打ち勝って地球連邦を勝利に導くストーリーも成り立った。さらに、ララァ・スンという少女がそんなふたりの間にいたことで、思慕とか恋情といった心が絡むドラマが生まれて、キャラを立体的にしてアニメを観る人たちの思い入れを誘った。
3人の間に通う憧れだとか恋情だとか嫉妬といった感情は、TVアニメやその後に3部作として作られた劇場版にもしっかりと描かれているが、そうした感情のぶつかり合いを、やや唐突に登場してきたララァの過去も含めてより深いところまで知る方法がある。富野監督による小説版を読むこと。ただし、最初はソノラマ文庫から出て、今は角川スニーカー文庫に入っている『機動戦士ガンダム Ⅰ』ではなく、同じ角川スニーカー文庫から出ている『密会 アムロとララァ』の方だ。

この小説で最初に綴られるのが、インドにある娼館から逃げ出したララァがガンダムを追って地球に降りていたシャアと出会い、宇宙へと出て行くというストーリーだ。TVアニメでも劇場版でも描かれていなかったそのあたりの展開の中で、ララァの未来を察知する能力めいたものが仄めかされている。
逃げ出した日にシャアが近くに来ていた。逃げている途中で沙羅双樹の木から登れと言われているように感じて登ったことでシャアが間に合った。そんな偶然を幾つも重ねて運命を変えた描写が、宇宙でニュータイプとして覚醒して活躍してみせたララァのキャラに納得感を与える。そして、アムロと出会って彼の生き方を変え、シャアとの間に因縁めいたものを生まれさせ、そして後々までふたりを引っ張り回して宇宙世紀(UC)の世界に影響を与え続ける存在になったということにも理解が及ぶ。
アムロのララァに対するドロドロと渦巻いてグツグツと滾った感情も、TVアニメや劇場版より深掘りされている。つまりは異性に対する情欲のことで、夢に見て興奮し触れられて奮い立ち「いっしょに暮らしてくれと土下座してしまう」くらいのめり込む。アニメでは観る人のことも考えて、視線や表情によって憧れといった雰囲気に抑えていた情動を、富野監督は思春期から大人に向かう人間にあって当然のものだからと、小説では省かずに書いたのかもしれない。読めばアムロがどれだけララァに執着していたか、ララァもアムロに興味を惹かれていたか、そんなふたりにシャアが嫉妬していたかがよく分かる。
シャアという王子様キャラへの憧れは砕かれるかもしれない。彼も人間なんだと思えるようになるとも言い換えられる。ララァを宇宙に誘ったのは戦力になると考えたから。けれどもそこにアムロが現れ、ララァの歓心を誘う様に嫉妬して、救い出したという恩を滲ませてララァを縛り付ける。『大佐は、生きながら、遊びたいと思っている人』。そんなシャアに対するララァの評価からは、ザビ家打倒すら方便に過ぎないかもしれないシャアの虚無的な生き方を察知していたことが伺える。
愛する対象ではないが、恩人として守ろうとしてシャアを狙ったアムロの攻撃に立ちはだかったララァの心情を受け止めて、アムロもシャアへの単純な憎しみだけではない思いを引きずるようになる。これが、シャアとアムロの敵と味方として割り切れない関係につながり、『機動戦士Zガンダム』を経て『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』へと続いて、お互いが我を通そうと張り合う人間ドラマを生み出す。
地球に小惑星が落ちるのを防ごうとして、さまざまなモビルスーツが飛び交い戦うスケールの大きさとアクションの凄絶さに目が引かれる『逆襲のシャア』も、根底にはシャアとアムロの感情があり、チェーン・アギやクエス・パラヤやナナイ・ミゲルやハサウェイ・ノアといった周囲の人たちが織りなす情動のドラマがある。それは新作の公開が決まった『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』につながって、ハサウェイとケネス・スレッグ大佐、そしてキキ・アンダルシアという、やはり3人が織りなすドラマを生み出す。
こう見ると富野監督はもしかしたら、ガンダムシリーズを通して人の情念のありようを描こうとしていたのかもしれない。『密会 アムロとララァ』はそのことを改めて感じ取り、また宇宙世紀(UC)を貫くドラマの始まりを知るものとして、ガンダムファンの誰もが読んでおくべき一冊だ。
文=タニグチリウイチ