万城目学の、血を吸わない女子高生吸血鬼の“あの子”が帰ってきた!【インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/10/8

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年8月号からの転載です。

 血は吸わないし太陽の光も十字架もニンニクも平気。日本の田舎町で人間にまぎれて生きているそんな高校生吸血鬼・嵐野弓子の青春と冒険を描いた『あの子とQ』が出たのは2022年のことだ。切ない余韻を残しながら、弓子の冒険はまだ続くと匂わせるラストに続編を期待していた読者にとって、『あの子とO』は待望の一作となったことだろう。

 だが、本作は純然たる続きではなく、次に入る前のインターミッション、登場人物たちの背景や横顔に迫る間奏曲的な短編集になっている。

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「別に最初からこういう短編集を出そうと思っていたわけでもないんですけど。各話はダジャレのようなタイトルを思いついたところから話が広がっていった気がします」

 なるほど、プロローグを除く収録作3つのタイトルは「あの子と休日」と「あの子とO」で前作タイトルをもじったもの、そして「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」は吸血鬼小説の金字塔、アン・ライス作『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のオマージュだ。

「今回の短編は前作を書いているうちに浮かび上がってきた様々なエピソードのうち、前作には入れられなかったものを3つ4つピックアップして物語にしたものなんです」

日常と歴史と社会背景
四次元の方向に広がる世界

「『あの子と休日』は完全にダジャレです」

 前作で起こったバス転落事故の真相に疑いを持った学校新聞記者の同級生・須佐見佳奈が、弓子と、一緒に事故に遭った弓子の親友・吉岡優ことヨッちゃんに密着取材を仕掛ける、という内容だ。

「弓子の日常が垣間見えると思います。他の登場人物も含め、彼らが普段どんな生活をしているのかというようなことは前作執筆時すでに考えていました。ただ、弓子視点の長編の中では必要のない部分だったので触れなかった。『カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア』も同じです。前作を『週刊新潮』で連載していた時にすでにとっかかりの部分を執筆していたものの、単行本にする時、物語の進行には不要だろうと思って丸々無くしたんです。それを今回、改めて短編として蘇らせました」

 「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」で語り手となるのは、前作でジョーカー的役割を果たしていた佐久という男だ。

 彼もまた人間世界にまぎれて生きる吸血鬼だが、弓子とは比べものにならないほど長い時間を生きている訳ありヴァンパイアだった。

「前作の連載中には、佐久が自分の歴史を語るシーンがありました。本作は15世紀頃のルーマニアで最初の吸血鬼が生まれたという設定でやっています。本編で使うわけではないけれども、遠い地で生まれた吸血鬼がなぜ日本に来て、どのような経緯で弓子たちのような血を吸わない吸血鬼が生まれたのかなどの背景をちゃんと用意しておかないと現在の話も書けない。もし僕が一読者として『あの子とQ』を読み、普通の高校の教室に吸血鬼がいると書かれていたら、この吸血鬼たちが人間と変わらぬ生活ができるようになった経緯が絶対気になってしまいます。中世末期の東欧で生まれた吸血鬼が海外からどこかの時点で日本に入ってきて広がっていくとしたらどういう流れになるのだろうと考えると、大航海時代にヨーロッパから世界中に広まって、鎖国中の日本にたどり着くというのが自然です。また、佐久は癖があるキャラクターですが、どこかに悲しみを宿している人です。なので、そうなった理由をちゃんと書きたかったというのもあります。長い年月にわたる複雑な事情を、冗長にならない方法で開示するのに一番良い方法はないかと模索して、最終的にカウンセリングを受ける形にしました。あくまでも相談者の佐久が夢の話をしているだけだったはずなのに、段々雰囲気が変わってきて、夢の中の吸血鬼の話がひょっとして?となってくる。この作品だけ抜き取って別の吸血鬼アンソロジーなんかに入っていても十分おもしろく読んでもらえるんじゃないかなと思います」

日常の中に入り込む非日常の世界

 3話目「あの子とO」には吸血鬼にならぶほどメジャーな伝説上の怪物が登場するが、その人物もまた軽妙に描かれながらもある種の悲しみを感じさせる。

「一昔前なら、異種が人知れず静かに暮らしている所にハンターが来て、彼らを脅かす話にするのがセオリーだったと思いますが、今それをやるとちょっと古い気がして。それより、彼らがマイノリティとして社会にどう適応しようとしているかを描く方がいいかな、と。物語の質も、多様性に対する社会意識の変化に寄りかかっている部分があります」

 異質な存在がすぐ隣にいる。それは現代日本でも日常になりつつある光景だ。日常に非日常がスルッと紛れ込んでくる展開は、万城目作品最大の特徴といってよいだろう。大きな枠組みで言えばファンタジーに分類することができるだろうが、完全な別世界の話ではなく、私たちが住んでいる日常と地続きである。

「前作では40歳を超えたおっさんの僕が、高校生の女の子が主人公の話を書くことになったわけですが、今どきの高校生が何を考えているかなんてわかるわけがない。でも、その女の子が吸血鬼だったら“人とは異なる種としてどのように人間社会に立ち向かうのか”という視点で書ける。これが、物語に非日常を入れる理由のひとつです」

近い将来また始まる?弓子と仲間たちの次なる冒険

 本作では弓子だけでなく、他の吸血鬼たちがどのように生きているのか、あるいは生きてきたのかがくわしく描かれた。
それによって世界の厚みが増し、次回作への期待がますます高まるわけだが。

「弓子に限らず僕が書く小説の主人公たちは、物語が始まったとしても何か特別な能力を保持する自身に対して嫌がるというスタンスを保っていることが多いんです」

 たしかに、弓子も高い身体能力で問題を解決しながらもそれを誇示することなく、ひた隠しに隠している。

「彼らはいつも基本的に“普通が一番”と思っていて、変わった出来事に巻き込まれるのはまったく乗り気じゃないんですよ(笑)。だから、僕があの手この手でボタンを押して、前へ前へと進ませていかないと仕方ないんですが、そこが毎度難しい」

 弓子も典型的な巻き込まれ型主人公だ。一方、親友のヨッちゃんや新登場の須佐見などは逆にグングン自分から扉を開けていくタイプ。なかなかよいトリオなのだが。

「ヨッちゃんの行動力や人の話の聞かなさなんかは、もう人外レベルですよね(笑)。続編で彼らが再び活躍するかどうかは未定ですが、佐久は間違いなく重要な役割を果たすことになります。動かない弓子にどうボタンを押させるか、いろいろ工夫してやってやろうと思っています」

取材・文=門賀美央子、写真=川口宗道

まきめ・まなぶ●1976年、大阪府生まれ。2005年『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、翌年同作でデビュー。24年『八月の御所グラウンド』で第170回直木賞を受賞。著作に『六月のぶりぶりぎっちょう』『ヒトコブラクダ層戦争』『とっぴんぱらりの風太郎』『偉大なる、しゅららぼん』『べらぼうくん』『バベル九朔』『プリンセス・トヨトミ』『鹿男あをによし』など多数。

『あの子とO』
(万城目学/新潮社)1815円(税込)
漫画家を目指す双子の小学生吸血鬼ルキアとラキアは、二人の両親が営むピッツェリアに見習い職人としてやってきたカナダ人のオーエンと仲良くなり、キャンプに連れて行ってもらうことに。だが、その夜あるものに襲われ……。表題作「あの子とO」のほか、女子高校生三人組ドタバタ劇「あの子と休日」、見た目中年吸血鬼が過去を語る「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」などを収録する『あの子とQ』のスピンオフ作品。

『あの子とQ』
(万城目学/新潮文庫)880円(税込)
もうすぐ17歳の誕生日を迎える吸血鬼・嵐野弓子の前に現れたトゲトゲの怪物。「Q」と名乗るそれは、弓子が人間社会に溶け込むため「脱・吸血鬼化」の儀式を受ける前に人の血を吸わないよう監視するという。血を吸うなんてありえないと思っていた弓子だったが、予想外の出来事に遭遇してしまい……。

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