「人間の命のもろさを浮き彫りにする強烈な詩的散文」ノーベル文学賞作家ハン・ガンが描く、大人のための童話『涙の箱』【新刊紹介】
公開日:2025/7/24

ノーベル文学賞作家ハン・ガンがえがく、大人のための童話
昔、それほど昔ではない昔、ある村にひとりの子どもが住んでいた。その子には、ほかの子どもとは違う、特別なところがあった。みんながまるで予測も理解もできないところで、子どもは涙を流すのだ。子どもの瞳は吸い込まれるように真っ黒で、いつも水に濡れた丸い石のようにしっとりと濡れていた。雨が降りだす前、やわらかい水気を含んだ風がおでこをなでたり、近所のおばあさんがしわくちゃの手で頬をなでるだけでも、ぽろぽろと澄んだ涙がこぼれ落ちた。
ある日、真っ黒い服を着た男が子どもを訪ねてくる。「私は涙を集める人なんだ」という男は、大きな黒い箱を取り出し、銀の糸で刺繍されたリボンを解くと、大小、かたちも色もさまざまな、宝石のような涙を子どもに見せた。そして、このどれでもない、この世で最も美しい「純粋な涙」を探していると話す。男は子どもがそれを持っているのではないかと言うのだが――。
この物語は、「過去のトラウマに向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにする強烈な詩的散文」が評価され、2024年にノーベル文学賞を受賞したハン・ガン氏の世界観を色濃く反映しています。深い絶望や痛みの先に光を見出す氏の他の作品にも通じる、大人のための童話です。
「きみの涙には、むしろもっと多くの色彩が必要じゃないかな。特に強さがね。
怒りや恥ずかしさや汚さも、避けたり恐れたりしない強さ。
……そうやって、涙にただよう色がさらに複雑になったとき、ある瞬間、きみの涙は
純粋な涙になるだろう。いろんな絵の具を混ぜると黒い色になるけど、
いろんな色彩の光を混ぜると、透明な色になるように」
―本文より―
韓国で幅広い世代に愛される一冊、世界初翻訳!
2008年に韓国で発売されて以来、子どもから大人まで幅広い年齢層に愛され続けている本作。ノーベル文学賞受賞後、日本ではじめて刊行されるハン・ガンの作品です。今回の日本語版では、絵をハン・ガン自身が長年のファンであったというjunaida氏が担当。ハン・ガンが「読者それぞれのなかにある希望の存在」として描いた主人公や、特定の場所や時間を設定しない本作の世界を、junaida氏が繊細かつ美しく描き出しています。この幸せな出会いによって生まれた絵は、物語と私たちを深いところでつないでくれます。
ハン・ガンの作品を初めて読む方にも最適な一冊であり、氏の文学世界への入り口としてもおすすめです。この機会に、ノーベル文学賞作家が紡ぐ心あたたまる物語をおたのしみください。