渡辺優「性に関しては、基本的な考えすら人によって違う」 SM女王様の“電話番”が繰り広げる、性をめぐる探索行【インタビュー】
公開日:2025/8/26
自分のことがわからないというのは、それほど特殊なことではない
──主人公の志川さんは、SM女王様派遣マッサージ店の電話番として働くうちに50代の女王様・美織さんに好感を抱くようになります。ですが、せっかく取り付けた食事の約束はキャンセルされ、その日から美織さんと連絡がつかなくなってしまう。美織さんが好きだという気持ちだけで、彼女の行方を捜そうと突っ走っていく志川さんのまっすぐさが印象的でした。
渡辺:だとしたら、うれしいです。恋愛の渦中にいる人が、周りが見えなくなって好きな人に一直線になることってよくありますよね。主人公が美織さんに対して抱いているのは恋愛感情ではありませんが、好きだという気持ちがあれば、これくらいまっすぐになるかなという温度感で書きました。
──おっしゃるとおり、志川さんは美織さんに恋心を抱いているわけではありません。彼女は性的な興味や恋愛感情よりも、「人間が好き」という気持ちが強い人ですよね。
渡辺:恋愛がよくわからないという人物にすると、読者から「人に対する興味がないのかな」と思われてしまう気がして。人間に興味があり、仲良くなりたいけれど恋愛ではないという気持ちを描くために、あえて人間が好きという要素を強くしました。
──美織さんは、どんな人物として描きましたか?
渡辺:彼女は、初対面の主人公をハグするような距離感がバグっている人です。私は好きなタイプですが、人によっては受け入れられないかもというラインにしたつもりです。50代で性風俗産業に現役で携わっていることも、人によっては「え!」と思うかもしれません。ただ、私がバイトした時も40代後半の方がいたので、年上の人も登場させたいと思いました。
──美織さんが失踪し、志川さんが行方を追う流れはミステリーのようです。サスペンス、ミステリーとしての見どころを教えてください。
渡辺:私としては、最大の謎は美織さんの人物像だと考えています。主人公は美織さんを捜していろいろな人に話を聞きますが、人によって彼女の印象はまったく違っていて。最終的に美織さんが失踪した経緯については「こういうことだったのか」とわかりますが、美織さんが本当はどういう人なのかは主人公の主観でしかわかりません。謎が解かれても解かれなくてもいいのかなと思いながら書きました。
もうひとつ、主人公は「自分を取り巻くスーパーセックスワールドはどういうものなのか」という謎にも迫っていきます。自分はどこに落ち着けばいいのか、どういう自分でありたいのかを探し求めますが、それも自分の主観で答えを見つけるしかありません。「もやっとわからない状態でいることが、生きるということだね」という形に収まればいいかなと思いました。

──志川さんは、他人に好意を抱きますが、セックスできません。自分はアセクシャルではないかと思い、それでもスーパーセックスワールドでどう生きていくべきか模索します。ぐねぐねと道をたどった先で、わからないながらも答えらしきものを見つけたように感じられました。
渡辺:当初は、主人公がはっきりとした答えを見つけるところをゴールにしようと思っていましたが、書きながら「まぁ見つからないだろうな」と思うようになりました。悩みながら進むうちに王道ではない世界にも触れ、いろいろなロールモデルを見て、それでもやっぱりわからない。自分のことがわからないというのは、それほど特殊なことではないというのも救いと言えば救いですよね。ぐねぐねした道を進み、ゴールとは言えないまでも“いったん休み”くらいの落ち着く場所を見つけられたら、と思いました。
──悩みを深める志川さんが、「大丈夫」という言葉を発していたのも印象的でした。風俗店で電話番をすると決めた時、彼女はこの仕事を「大丈夫」だと受け入れ、その後も「私はいろいろなことが大丈夫な女なんだから」と思っていました。でも、やがて「世界に存在するすべての恋愛が無理だった。私はぜんぜん、なにひとつ、大丈夫じゃなくなっていた」という心境になっていきます。この「大丈夫」というワードには、どんな思いを込めたのでしょうか。
渡辺:「大丈夫」というワードをキーにするつもりはなかったのですが、だんだん引っかかりを感じるようになっていきました。物語の冒頭で、主人公は友達から「実はデリバリー風俗をしていた」と打ち明けられます。その事実を告げても「別に大丈夫な感じがするから」と言われますが、主人公は「私は大丈夫なのか?」「私はいったいなにが大丈夫なのか」と考えるんですね。
私自身、友人から浮気話を聞かされた時、その子のことを別に嫌いにはならなかったので、「私は割と大丈夫なほうなのかな」と思っていました。でも、他の友人は「私、そういうの絶対許せないんだよね。見る目が変わっちゃう」と話していて、「大丈夫じゃない場合もあるんだな」と思って。
性的なことが大丈夫か大丈夫じゃないかって、どういう基準なのか不思議ですよね。虫を触れるか触れないかみたいな生理的なものなのかなという気もします。「大丈夫ってなんだ?」という疑問が湧いてきた時期に書いた小説でもあったので、「大丈夫」というワードについて考える内容も増えたのかもしれません。
──性的なことに関する線引きは、個人差がありますよね。
渡辺:私の場合、なんならワクワクしながら友達の浮気話を聞いていましたから(笑)。大丈夫か大丈夫じゃないかは、人によりすぎですよね。そういう「人によりすぎだろ」という気持ちをぶつけた小説なのかもしれないです。