渡辺優「性に関しては、基本的な考えすら人によって違う」 SM女王様の“電話番”が繰り広げる、性をめぐる探索行【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/26

性的なことから離れた関係が多いほど幸せな気がする

──作中で、ある登場人物が悩める志川さんに対して「ひとにはひとの地獄がある」と言いますが、美織さんは全く違う方向性で話すのも印象的でした。そして、あるセリフを言うのですが、このセリフにはどんな思いを込めましたか?

渡辺:美織さんのシーンを書いている時、「どうして美織さんはこんなに幸せなんだろう」と感じ、自分でも説明をつけたいと思ったんです。ふと「美織さんは違うのかもしれない」と考え、そのセリフを書くことにしました。美織さんは、自分の世界から出ない人という印象なんですよね。

──そんな美織さんだからこそ、志川さんには魅力的に映ったのでしょうか。

渡辺:そうかもしれません。美織さんも、第三者からすれば地獄を生きているように見えるかもしれない。キャリアを積める職でもないですし、ばっくれて仕事を転々としていますし、家族もいません。そうやって数え上げたら病んでもおかしくないのに病まずにいるのは、結局のところ彼女の主観では幸せだからなんですよね。自分の心地よい世界だけを大切に生きているのかもしれません。

──美織さんは、志川さんに対して「セックスをともなわない、特別な関係が見つかるといいね」と言います。アセクシャルかもしれない志川さんだけでなく、ヘテロセクシャルの人にとっても性的なことから離れた人間関係があってもいいんじゃないかと思いました。

渡辺:私も、そういう関係が多ければ多いほど幸せなんじゃないかなと思っています。「恋愛をしていれば幸せ」という人もいるかもしれませんが、恋愛以外の関係性も好きだな、と。私自身、人間関係に対してちょっと重いところがあるんですよね。友人との友情バランスも「私のほうが好きな気がする」と感じることが多いし、以前の職場では後輩のことが大好きになってしまって(笑)。相手からすれば、私って重いだろうなと思います。

 そもそも私の場合、エレベーターで“開”ボタンを押してくれる人さえも、その瞬間はめっちゃ好きになってしまうんです。時には「今日あったうれしい出来事って、それしかなかったな」という日もあるほど。そういうコミュニケーションも大事にしていきたいなと、この小説を書いている間、強く思いました。

──志川さんがアセクシャルかもしれないということもあって、性の多様性についても考えるきっかけになりました。その点についても意識したのでしょうか。

渡辺:そうですね。ただ、セクシュアリティの多様性というより人間の多様性について考えることが多かったような気がします。「絶対に多様性を表現するぞ!」みたいな気持ちではないですし、「LGBTQ+の小説です」と言うつもりもありません。主人公がたまたまアセクシャルかもしれない、というくらいの感覚です。

──この小説を書いたことで、渡辺さんに変化はありましたか?

渡辺:変化はないのですが、この小説を書くのはこれまでで一番と言えるほど時間がかかりました。第一稿を提出してからも、3回くらい改稿して。その分、達成感も過去イチと言っていいほどあります。自分と近すぎる世界だと思っていたものを、ちゃんとブラッシュアップして作品にすることができました。

──どのような点を改稿したのでしょうか。

渡辺:最初は、美織さんの人物像が今とは違う感じでした。もうちょっと愛がある話、人間同士の総合的な愛情がある話にしたいなと思い、大きく変更しました。

──この作品、どういう方に読んでほしいですか?

渡辺:「この世界はスーパーセックスワールドじゃん」って思ったことがある人に読んでいただきたいです(笑)。そう感じている人、意外と多いような気がして。「小説すばる」で連載していた頃から、この一文に関してコメントや感想をいただくことがありましたし、爆笑したという人もいれば、共感したという人もいました。セクシュアリティにかかわらず、「ここはスーパーセックスワールドかよ」って思ったことのある人に手に取っていただけたらうれしいです。

──主人公とは逆に、スーパーセックスワールドのど真ん中にいる人もいますよね。

渡辺:混沌とした中で、みんなうまいこと生きていますよね。たとえば食べ物だったら、「粗末にしてはいけない」みたいな感覚をみんなが共有しているじゃないですか。それが、ことセックスになると基本的な考えすら人によって大きく違うのが衝撃的です。その違いにびっくりしたことがある人はいると思いますし、そういう方に読んでいただきたいですね。

取材・文=野本由起、写真=川口宗道

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