宮崎駿『君たちはどう生きるか』事前宣伝で内容を明かさなかった理由。制作陣・出演者の声から読み解く「ジブリの教科書」シリーズ新作!【書評】
公開日:2025/8/5

『ジブリの教科書21 君たちはどう生きるか』(スタジオジブリ、文春文庫編集部/文藝春秋)は、2023年、スタジオジブリによって制作された長編アニメ作品『君たちはどう生きるか』を読み解くことを目的とした一冊だ。収録されているのは、同作品の制作秘話、制作陣や出演者のロングインタビュー、そして各界の著名人による同作品の解説である。
「ジブリの教科書」はスタジオジブリ作品をより深く理解したいと願う人々に向け、同スタジオ自らが刊行しているシリーズだ。これは想像だが、『君たちはどう生きるか』に対する同シリーズの発売を待ちわびていたファンも多いのではないだろうか。
というのも『君たちはどう生きるか』は、さまざまな点において従来のジブリ作品とは異なっていた。引退宣言をした宮崎駿監督が、その宣言を覆してまで世に出した一作として記憶する人も少なくないだろう。高まる期待とは裏腹に、大々的な宣伝は行われなかった。ほどなくしてメディアを賑わせたのは、海外から届いた絶賛の声である。同作は第96回米アカデミー賞長編アニメ映画賞をはじめ、多くの映画賞での受賞を果たした。
なぜ宮崎監督は再びメガホンを取ったのか。宣伝手法を変えた意図は何だったのか。同作品は、私たちに何を伝えようとしていたのか。そういった疑問を胸の奥底に秘めていた人は、ぜひ本書を手に取ってほしい。制作陣が歩んできた月日やリアルな想いを読んでいくと、それらの疑問は次第に解消されていく。
収録内容の中でも特に胸を打たれたのは、本作の音楽を手掛ける久石譲氏のロングインタビューである。『風の谷のナウシカ』以降、約40年にわたりジブリ作品に携わってきた久石氏は、『君たちはどう生きるか』では従来とは異なるアプローチでの楽曲制作に挑戦している。オファーのタイミングや担う領域、制作期間、すべてが違った。だからこそ生まれた音楽があり、それが映像と重なったときどのような影響を与えているかが細かに語られており、読み応えがあった。
また、各界から寄せられた解説のパートでは、哲学者・千葉雅也氏や、作家・冲方丁氏、野球界のスター・落合博満氏など、豪華な執筆陣が名を連ねる。史学、哲学、心理学といった幅広い専門分野からの知見と、それぞれのユニークな視点が加えられることで、作品の奥行きが一気に広がるようだ。各シーンに新たな解釈を添えるものもあれば、作品全体をどのように受け止めるか示唆するものもあって、多面的かつ構造的に読者が作品を再解釈できるよう配慮されていた。
本書を読むと、再び作品を鑑賞したくなる。鑑賞するとまた、本書を読みたくなる。そんな抜け出せないループの中で、宮崎駿監督が葛藤を経て放った本作の価値が、心に染みていった。誰もが理解できる物語、快楽を伴う伏線回収、感動するよう設計された音楽や演出。鑑賞者の受け入れやすさを徹底した作品は、心地よいが教科書など要らない。『君たちはどう生きるか』のような作品こそ、本書のような解説本を携えて、幾度も鑑賞し、月日をかけながら味わいたいものだ。
文=宿木雪樹