直木賞作家・万城目学 新作エッセイの中で自ら「嘘くさい」と思う一篇は? ひとり出版社での奮闘から大阪万博ルポまで まさに「エッセイの万博」発売!【インタビュー】
公開日:2025/8/9
小説に描かれるから「特別な場所」になる

――本書によれば万城目さんは「なぜ京都を描くか」とよく訊かれるが「歴史の蓄積とボンクラ大学生がたくさんいるから」と答えているそうですね。どうしてボンクラ学生が多いんでしょうね?
万城目 ダラダラやっていても何とも言われないからですかね。京都は観光はものすごいですが、都市としての機能はあまりパッとしてないんで、「卒業したら社会に出て働く」っていうイメージが学生に押し寄せてこないんですよ。たとえば、学生が会社立ち上げるとかって大人の真似事をするのもやっぱり資本主義の圧力だと思うし、早くそこに接続した方が人生得する、のんびりしてると損するっていう感覚があったりしますよね。多分京都の学生には、その得する損するという感覚自体が薄いんじゃないかと思います。すると外圧がないので、自分のペースで生きる学生の比率が多くなる。まあ、実際は東京以外の地方大学って全部こんな感じだと思うんですけど。
――確かに東京はだいぶ違いますね。
万城目 それと、京都の大学出身の作家が小説世界でそういう雰囲気を表現しがちだから、より特別な場所に思えるんじゃないかと思いますよ。もしも北大出た人が書いた札幌が舞台の小説を読んだら、「北海道の学生生活は素敵」ってなると思うし。かなりイメージが先行しているところはあると思います。ちなみに同じく京都の大学生の話を書く森見登美彦氏とこのイメージ・ギャップ問題についてときどき話すのですが、お互い特に楽しくもない、パッとしない学生生活を送っていたんですよ。それを小説に書いたら「楽しそう」って言われるんで、「なんやろうね、これ」って。我々自身は本当に京都で灰色の学生生活を過ごしてるんで、「なんであんな楽しそうなんですか?」って質問されても「知らんがな」みたいな。たとえば、僕が高校生の頃は京都の学生時代の話を書いている人は全然いなかったから、大阪に住んでいてもずっと京都は謎のエリアでした。京都の学生生活なんてイメージできないし、それこそ若者と京都の小説だと、三島由紀夫の『金閣寺』くらいまで戻ってしまうくらい。
――万城目さんや森見さんが小説世界で可視化してくれたことが「楽しそう」を増幅しているわけですね。中にはイメージと違ってキツいと思う子もいたりするんですかね。
万城目 これが案外みんな楽しいんですって。なんじゃそりゃって思いますね。小説だからと言って、別に楽しいことを書いてないんですけどね。「ホルモーやってるけど、なんかしんどいな、だるいな」っていう雰囲気を書いたつもりなんです。あと京都には変わった人が多いとかよく言われますけど、その風評を知った上で、変わった人を演出している人もいて、その時点で変わってないんじゃないかって思わないでもない。メタ認知できている人は至ってまっとうです。
――ややこしいですね。でも一方で、やっぱり街が持つ独特の気配が書かせる面はあるのではないかと。
万城目 書きやすいですよ。歴史のことをちょろちょろって書いた後に本題に入るとか、枕の部分が書きやすいしテンポをつかみやすいと思います。
――物語ではその歴史的なこととか現実がスライドしたり不思議なことが起きたりしますけど、ご自身は実際に不思議な体験とかされたことはありますか?
万城目 僕は全くないですね。極めて現実的です。変な非日常の話とか入れていますが、それを全く非日常っぽく扱わずに文章に書くっていう。距離感というか、それも一つの技術ですからね。おそらく本当に不思議な体験をしたり見たりしてしまう人は、中からそれを眺めるのでまた違う書き方になると思います。
――その絶妙な距離感が面白さにつながるのかもしれません。
万城目 現実の要素だけで物語を全部書きたいと思っていても、そういう非日常のものを入れないと表現できないみたいなことが多くて。よくたとえるのが「ボールを投げたら勝手に曲がってスライダーになる」ですね。投げたら勝手に曲がるので、なんで曲がるのかは自分で考えないし、だったらそれをどう使って三振とるかと考える。なので、これを使ってどういうふうに面白い物語を作れるかなというのを考えるので、なぜ曲がるのかと聞かれるとすごく困るんです。ただ「曲がる」部分、非日常のパートは割合的には全体の1割、2割くらいで、あとは日常を描いています。そのくらいがちょうどいいかなと思っています。
――てっきり、いつも面白い妄想とかされているのかと思っていました。
万城目 全然しないですね。それこそ選挙結果や現実的な問題をずっと考えています。
――そういう目線と面白さをつなげられるのが、さすが作家の力ですね。今日はありがとうございました。
取材・文=荒井理恵 撮影=島本絵梨佳