古代エジプトにも飲みすぎ注意の格言が。今も昔も変わらないお酒はほどほどにという社会常識/古代人の教訓①

文芸・カルチャー

公開日:2025/9/16

国家産業だったビール醸造

 昔シリアで、地元で作られた瓶入りのローカルビール(クラフトビールとは呼べない代物)を何度も飲んだことがある。ほとんど発酵しておらず、液体をそのままコップに注いでも泡が立たないので、瓶を思いっ切り上下に何度も振って無理やり泡を作り出したことを思い出す。古代エジプトのビールもそれに近い物であったのであろう。

 ビールには発酵を促すため、ナツメヤシやハチミツなどの糖が加えられることもあった。エジプトにおける最古のビール醸造の痕跡は、エジプト先王朝時代(現代から6000年ほど前)にまで遡り、ヒエラコンポリスなどの都市遺跡で見られ、実際にそこではビール工房跡が発見されている。このことから国家的な産業として多くの職人がビール生産に携わっていたと考えられているのだ。

 ただエジプトの歴史を通じて、ビールは大方、自家醸造で、米と米麹と水を原料として発酵させただけの、濾す工程を省いた酒であったのであろう。

 いずれにせよ、酒の席での失態は、古今東西同じような結果をもたらすものだ。友人に罵詈雑言とともに見捨てられ、成人としては恥ずかしい赤ちゃんのような姿態を大衆に晒すことになるのだ。アルコールが信用を喪失させ、身を滅ぼすのは今も昔も変わらないということであろう。

 ゆえに無実の罪で投獄された賢者アンクシェションクイも、自身の息子に対して次のような警告を発したのである。

「錯乱してはいけないから、酒を飲み続けることは止めるべきだ」(「アンクシェションクイの教訓」より)

 今も昔もお酒はほどほどに、というのが社会人としての基本なのだとよくわかる格言である。

<第2回に続く>

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