ジェーン・スー×宮嵜守史【対談】「自分は特別」と勘違いしない。ウソがつけないラジオで気をつけてること/ラジオはパーソナリティ〝次第〟④
公開日:2025/9/22
『ラジオはパーソナリティ〝次第〟』(宮嵜守史/ポプラ社)第4回【全5回】
「結局、ラジオはパーソナリティのものなんだよ」。AD時代、放送作家に言われたこの一言が忘れられない――。ラジオ番組の賛否を全面的に背負うパーソナリティ。その魅力や必要な能力、聴く人を味方につける技術とは? TBSラジオ「JUNK」統括プロデューサーで本書の著者・宮嵜守史。山里亮太、ヒコロヒー、ジェーン・スー、アルコ&ピースら計9組の人気パーソナリティとの対談を通してラジオパーソナリティとは何かを考えた一冊『ラジオはパーソナリティ〝次第〟』をお届けします。


パーソナリティに出自や肩書は関係ない ジェーン・スーさん
「ジェーン・スー 生活は踊る」を聴いているとスーさんのパーソナリティとしての技術や才能を端々に感じる。巧みな言語化能力、起伏の少ない話し方やテンション。それらがリスナーの腹落ちを促す。スーさんは自分の話したいことや考えていることを、正確にかつ興味深く伝えることができる。思いをその形のまま、生のまま届けることで、互いの認知がズレることなくリスナーとシンクロできる。
同時にスーさんのラジオからは人柄や人間性もにじみ出る。「私は昔っから手が短いのがコンプレックスでさ」とあっけらかんと言ってのけたり、相談に対して放送時間内に無理やり結論づけようとせずに傾聴したり。つねに素でいてくれる安心感がある。
僕は深夜の芸人ラジオ番組ばかり担当してきたので、午前のワイド番組をしているスーさんと通じ合えるか不安だった。でも対談が始まってものの数分でそれは杞憂に終わる。不思議なことに共感することがたくさんあった。あらためてラジオパーソナリティに出自や肩書は関係ないと実感できた対談だった。いや、対談を通して僕にそう思わせてくれたのがスーさんのパーソナリティとしての腕なんだろう。
パーソナリティが共通して持っている〝俯瞰カメラ〞
宮嵜 実はスーさんとずっとお話ししてみたかったんです。
スー ありがとうございます。宮嵜さんとは接点があるようであんまりなかったですよね。
宮嵜 出役をやっている人……特にラジオの話なんですけれど、見栄っ張りだったり、虚栄心が強かったりする人はあんまりうまくいかないという持論があるんです。『(ジェーン・スー)生活は踊る』を聴いていると、スーさんにはそういう部分が全然ないように感じて。それで話してみたいと思ったんですね。
スー テレビは出たい人が出て輝くメディアだと思うんですよ。テレビに出たい人の「出たい」にはあんまり明確な理由は必要ないと思うんですね。「おいしいものがあったら食べたい」と同じぐらい直情的というか。でも、ラジオの場合、出たい人の話はあんまりおもしろくない。それがテレビとラジオで圧倒的に違うところだと思います。自分の話を多くのリスナーに聴いてもらいたい、それが理想像としてハッキリあるタイプの人の話はあんまり跳ねないんだろうなって気がしています。
宮嵜 テレビは街頭のテレビ中継にピースして映りに来る人のものともおっしゃっていましたね。
スー そうです。たとえば、お笑い芸人さんや俳優さんだったり、私だったら書く仕事だったり、どちらかというと別の仕事もやっているパーソナリティが多いのもそれが理由なのかなと思います。長くやっている方であっても、ラジオは自分が真ん中にある人が輝くメディアではないというのは、やればやるほど感じますね。
宮嵜 深夜ラジオではよくクラスの1軍・2軍論が出てきます。1軍はテレビに出る人とイコールで結ばれて、反対に2軍はラジオリスナーにシンパシーを感じさせるポジション。そうやって無理にカテゴライズする必要はないんですけど、ラジオはどちらかというと自意識の中で「俺は2軍だ」と感じている人に話してもらったらおもしろいというのはあるように思いました。
スー 本当に自意識の問題だと思います。実際に1軍か2軍かということよりも、自意識をどこに置いているか。与えられたものを素直に飲み込めないタイプのほうが、ラジオでは〝話じろ〞みたいなものがあるというか。
宮嵜 確かにそうですね。ラジオパーソナリティって共通して自分とは別の〝俯瞰カメラ〞を持っていると思うんです。自分を俯瞰できる人はおもしろい話ができる印象があって、それをスーさんにも感じていました。たとえば『生活は踊る』のナゲット特集で、ナゲットをめしあがる前に「脂肪の吸引を抑えるサプリを飲むからね」と普通に言えるところ。しっかりと素っ裸な状態を作れてラジオができるのはパーソナリティに必要なことだと思います。
スー その点でいくと、いわゆる〝ドマス〞のメディアであるテレビと今のラジオの両方で愛されるのって、田中みな実さんだと思うんですよね。あの人はテレビだとちょっと強烈なキャラで、バラエティで頑張っているように見えます。すごくキレイな人でもあるから、雑誌だと本当に〝美の巨人〞として崇め奉られていますよね。でも、ラジオだとしつこいよというぐらいこだわりの話をして、まわりの人が何を言っても引かない。自分をさらけ出すというところでいうと、あの人は最上級者です。
宮嵜 ついさっき、TBS局内でバッタリ会ったんですよ。2年ぶりぐらいに。『田中みな実 あったかタイム』は僕の部下がスタッフをやっているので、「いつも○○がお世話になっています」と挨拶したら、「えっ、何? そんなにかしこまって。なんで敬語なの?」って言ってきて。こういう部分ですよね。そう言われてすごく嬉しかった(笑)。
スー 気取ってないんですよね。全力で頑張っているところは裏までちゃんと見せたい、そういうところがすごくラジオ向きの人だなって思います。綺麗事を耳だけで聴くのって結構キツい。たぶん映像があったり、文字面だけだったらまた別なんだと思うんですけど、耳に直接入ってくるメディアだと違いますよね。ド正論もそうですが、みんなが嫌な気持ちにならないことを最優先した言葉はあんまり聴いていて楽しくないです。
自分が特別な人だと勘違いしない
宮嵜 あと、以前のインタビュー★1 で〝語調〞という言葉を使っていらっしゃいましたけど、ラジオでのスーさんは、あまり感情の起伏を声に出さないように感じます。
スー この十数年でだいぶ喋り方を変えていますね。私がラジオで一番持たれてはいけないと考えている感想は「うるさい」なんです。情緒みたいなものが声色に乗りすぎるとうるさいんです。人が多すぎてうるさいとか、正論ばっかりでうるさいとか、声質がうるさいとかいろいろありますけど、つまり聴いている側に負荷をかけることが一番駄目なことなんじゃないかと。だから、『生活は踊る』では喋り方を意識的にかなり変えています。
宮嵜 誇張してリスナーに呼びかけることをしないのもスーさんのいいところだと思うんですけど、同時に「リスナー全員熱中症になってほしくない」とか、言葉の端々に「あなたたちのことを全方位で見てますよ」という心遣いも感じます。
スー 昼の帯番組なので、それこそ大沢悠里さんが担当していたときから言われている「ラジオの周波数をハンダごてでTBSラジオに固定して、ずっとそれだけを聴いている町工場の人たち」もリスナーにはいます。悠里さんは「聴きたくなかったら聴かなくていいと言えないのがラジオだ」という話をされていましたけど、昼は特にそうですよね。ラーメン屋さんとかお肉屋さんの店頭でかかっていたりするから。
宮嵜 お昼のラジオはそういう部分が強いですよね。
スー そういう生活の中にあるものなので、自分を特別な人とは思わないよう気をつけています。自分が特別な人で、みんなが特別な人に耳を傾けているって勘違いしちゃうと、聴いている人にとって私のエゴがノイズになるから。ラジオってウソがつけない。自分で自分のことをどう思っているのか如実に出ちゃう。そういう意味でいうと、虚栄心とかがすぐ見抜かれるので、素っ裸でやるしかないのはありますね。
宮嵜 特に『生活は踊る』が放送されている時間帯は、ラジオだけに向き合って聴いている人なんてほとんどいないでしょうから。
スー 基本、生活音ですよね。だから、生活音のラジオとしての役目は、「聴いていて寂しくならないけど、ノイズでもない」が一番だと思います。メールを送ってくれる人、SNSでつぶやいてくれる人は本当に一部で、ほとんどの人が何かをしながら聴いていると考えると、邪魔にならないことが一番。
宮嵜 それでいうと、スーさんが以前、「『生活は踊る』を知らないけど『OVER THE SUN』★2 を聴いている人がたくさんいる」とおっしゃっていました。そのふたつの番組では話し方だけでなく、意識も違うんですか?
スー 全然違います。公共のものという意識があるのはラジオのほうですけど、Podcastは基本的にプライベートなサークルという意識でやっています。『となりの雑談』★3 も同じです。
宮嵜 番組という建物があるとして、その門戸を狭めれば狭めるほどエンゲージメントの高いリスナーが育ちますけど、そうなると分母が広がらないジレンマもありますよね。そういう部分も『生活は踊る』と『OVER THE SUN』では意識が違いますか?
スー 『生活は踊る』に関していうと、エンゲージメントのことは考えていません。どれだけ門戸を広くして、多くの人に聴いてもらえるかを意識しています。『OVER THE SUN』は、基本的に自分たちと同世代の女性をペルソナにしているので、昭和の話をしようが、平成初期の話をしようが何も補足説明はしません。自分たちがリスナーだったころを考えると、パーソナリティがわからないことを喋っているのを聴いているのが楽しかったので、それでいいやって感じですね。
宮嵜 お笑いコンビの真空ジェシカは、最初地上波のラジオをやっていたんですけど、地上波の枠が終わって、Podcastになったんですよ。Podcastになったときに、ボケの川北(茂澄)くんが「Podcastのほうが僕らの性に合ってます」と言うんです。なんでそう思ったのかきいたら、「いちいち説明する必要ないからです」って。パーソナリティとしてもそういう空気は感じるんだなと思いました。
スー 深夜ラジオはちょうどその中間ですよね。公共の電波を使ってはいるけれど、仲間意識とか、ある程度のクローズド感が連帯を作るところもあって、バランスが一番難しいだろうなと思います。
宮嵜 Podcastを始めて変わった部分もありますか?
スー 大きく変わったのは、若い人からの相談が一気に増えたことです。Podcastで配信している相談コーナーから入ってきたリスナーが多くて、ラジオは聴いたことがないみたい。『OVER THE SUN』をやっていても、街で声をかけてくれるリスナーがラジオと全然違うタイプなんですよ。こんなに違うのかっていうぐらい違う。
宮嵜 へえ〜。
スー 私が半年間悩みに悩んだ末に買った、中古の軽自動車ぐらいの値段がするイヴ・サンローランのカバンがあるんですけど、これを買ったときに最後の最後で店員さんから「互助会員(OVER THE SUNリスナーの総称)です」と言われて。それが一番ビックリしました。広尾とか歩いていても、マダムに「『OVER THE SUN』聴いています!」と声を掛けられたり。絶対にラジフェスには来ない雰囲気(笑)。
宮嵜 音だけのコンテンツですし、形は一緒ですよね。何が違うんでしょう。
スー だから、ラジオはどんどん積極的にPodcastを推していったほうがいいと思います。ラジオで聴いてもらうことは半ば諦めたって全然いいと思う。Podcastで聴いてもらうことで、新しい人たちへの接点が一気に増えるでしょうから。もちろんradikoもそこに入ってくると思うんですけど。
★1 2021年12月に発売された『開局70周年記念TBSラジオ公式読本』に掲載されたインタビューを指す。同書は自身もTBSラジオで番組を持つ武田砂鉄が責任編集を務めており、ジェーン・スーの取材も担当している。
★2 『生活は踊る』金曜日の放送終了に伴い、ジェーン・スーが金曜日のパートナーだった堀井美香と共に2020年10月に立ち上げたPodcast番組。絶大な人気を誇り、2025年3月には日本武道館での番組イベントを成功させた。リスナーのことを〝互助会員〞と呼んでいる。
★3 2023年2月から配信されているPodcast番組。ジェーン・スーと〝雑談のプロ〞桜林直子による雑談番組で、「喫茶店でたまたま隣に座った人たちの話が耳に入ってきた感じ」というコンセプト。
「相談」を自分の価値を高める道具には絶対にしない
宮嵜 スーさんはずっと悩み相談を続けていますけど、悩み相談はちゃんと主観で話さないといけない部分もあるし、でもその主観が人によっては偏って聞こえてしまうこともあると思うんです。どうやって折り合いをつけていますか?
スー 3時間の中で私が一番苦しい時間はやっぱりあそこです。ChatGPTにきけば耳心地のいい回答が返ってくる時代に、ラジオに相談を送ってきてくれるということは、つまり私の話が聴きたいとか、曜日ごとのパートナーの意見が聴きたいとか、もしくは自分の悩みをラジオで読まれたいということじゃないですか。相談コーナーを使って、私のプロップスを上げるのは超簡単なんです。みんなが聴いて気持ちのいい回答や相談者に寄り添うだけの優しい回答をしたり、逆にリスナーがスカッとするような叱責をしたりしていれば、私の価値はどんどん上がっていくんですけど、それだけは絶対にやっちゃいけないと思っています。
宮嵜 別のインタビューでも「人の相談をエンタテインメントのテコにすれば、カリスマ化なんて簡単にできる」とおっしゃってましたね。
スー 超簡単です。でも絶対にしません。たとえ聴いている人が「それは違うんじゃないかな」と思っても、あくまで私は相談してきた人に対して答えるというのを軸にしてやっています。そもそも会ったことのない人の相談に、ものの10分、15分で答えている時点で、相当不遜なんですよね。でも、その不遜な仕事をやるにあたって、絶対に越えちゃいけない一線は、「さすがスーさん」って言われることを目標にした答えを逆算して話すこと。それは絶対にしない。リスナーに対してではなくて、あくまで相談者さんに対して答える。そのやり方は変えないようにしています。
宮嵜 「あなた、これは甘えているよ」と言いたいときもあるんですか?
スー 人生が100%うまくいっていて、真ん中を歩いてきた自負があるタイプの人は、基本的に昼間のAMラジオに相談メールを送ってこないと思うんですよ。そういうところで、「甘えだよ」と言うことが、こっちが思っている以上に強いインパクトを持って受け止められてしまうことがある。だからそういう言葉は使わないようにしています。これは10年ぐらい続けてきて学びました。答えるのが今一番難しいのは、正論としてはそうだけど、現実社会はそうなってないこと。現実社会を変えなきゃいけないのは間違いなくそうだし、そこには何も異論はないけれど、じゃあ、「とりいそぎ明日どうする?」という話をするのがすごく難しい。正論だけを言っていたほうが好まれるし、それこそプロップスも間違いなく上がるんですよ。でも、私なりの「明日どうする?」への答えを出さないのは、自分の仕事のやり方として納得できない。そこを伝えるときには必ず摩擦が起きますね。しょうがないなと思ってますけど。
宮嵜 相談を送ってきてくれた人に対して話しているんだけれど、その場はあまねく人に聴いてもらおうとしている地上波ラジオなので、すごく難しいことをされているんですよね。
スー それこそ最初に言っていた語調ですよね。リスナーは基本的に声色に反応する傾向があると思っています。語調が激しければ、どんなに優しいことを言っていてもキツく言われたように感じるし、どんなに厳しいことも優しい口調で言えばそう聞こえるし。自分が答えやすいことを乗って話していると、SNSで「エンジンがかかってきた」「得意げになってきた」という反応があるんです。エゴが漏れるんでしょうね。そういうときはもうちょっと個を消すチューニングをしなきゃなあと思いますね。
<この対談の続きは書籍をご覧ください>
<第5回に続く>