新川帆立の初ライトノベル。男装ヒロインが、恋にバトルに大奮闘!魔法×逆ハーレム×学園ファンタジー【インタビュー】
公開日:2025/9/12
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年10月号からの転載です。

永田町を舞台にした政治ミステリー『女の国会』で、山本周五郎賞を受賞した新川さん。その受賞後第一作は、なんと自身初のライトノベル。しかも、男装ヒロインがオレ様系男子の執事になる、魔法×逆ハーレム×学園ファンタジーだというから驚きだ。
「約4年前、デビューまもない頃から、この企画を進めてきました。私は『ハリー・ポッター』シリーズドンピシャ世代で、小学生の頃から海外児童文学を読んで育ってきて。ファンタジーものの一環として、氷室冴子さんをはじめとする少女小説も読んできました。それを知った出版エージェントから、『ライトノベルを書いてみませんか?』と提案されたんです。普段は20代以上の読者に向けて小説を書いているので、中高生を対象にしたシリーズを書けたらと思い、挑戦することに。試行錯誤を重ね、今の形になるまでに4パターンくらいのラノベを書きました」
一般文芸とライトノベルでは、書き方も大きく違うという。
「両者は、読者が求めるものがまったく違います。一般文芸の読者は、新しい世界を知りたい、見たことのない景色に触れたいという好奇心からページを開きますが、ライトノベルの読者は気持ちよくなりたいという欲求が強い。読者の目的が違うので、おのずと展開もキャラクターの作り方も文章も変わってきます。ただ、書いてみると楽しくて。すでに3巻まで原稿を書き進めました」
男装ヒロインにしたことで浮かび上がった裏テーマ
野々宮椿は両親を知らず、修道院で育った少女。全国模試1位、スポーツテスト全国1位の日本一優秀な15歳だ。ある夜、名門一族・条ヶ崎家当主と出会った椿は、資金難の修道院を救うため、彼の息子である条ヶ崎マリスの執事として働くことに。マリスとともに名門魔法律学校に入学した彼女は、女子だとバレないよう男装し、マリスが暮らす男子寮、しかも同じ部屋で生活することになる。
「私の女友達は、仕事も家事もできるしっかり者が多いんです。なのに、なぜか恋愛だけはうまくいかなくて。彼女たちが口をそろえて言うのが『私が男だったら絶対モテる』。そんな頑張る女の子たちに恋愛でも幸せになってほしいと思い、椿というキャラクターが生まれました」
椿が仕えるマリスは、大財閥の麗しき御曹司。椿を「ド庶民」と見下す傲岸不遜な人物だが、スケールが果てしなく大きく、性別など軽く超越した存在でもある。
「マリスは、世の中の人々が囚われている常識を壊していくキャラクターです。椿とは何度も衝突を繰り返しながら相互理解を深めていく、そんな王道の展開が待っています」
椿を軽んじるのは、マリスだけではない。なにしろ、この世界は魔力がすべて。マリスを筆頭とする学園のエリート5人は「五摂家」と呼ばれ、生徒たちから崇拝されている。魔力ゼロの椿は落ちこぼれだが、ふとしたきっかけから「五摂家」のひとり、高遠伊織と急接近する。
「伊織とは、お互いに好意を寄せ合う“両片想い”状態。逆ハーレムものなので、2巻以降は別の男子も椿に惹かれていきます。ただ、人ってそんなに簡単に人を好きにならないと思うんです。好かれるからには、それなりの理由が欲しい。作中では細かく説明しませんが、自分なりのロジックを考えたうえで恋愛模様を描きました。相手によって、それぞれ違う関係性を描けたら」
男装の少女を主人公にしたことで、あるテーマもにじみ出たという。
「1巻は、女の子が内に抱えるミソジニーと対決する話です。椿が思う女らしさとは何か、彼女は何に囚われているのか、周囲はどう受け止めているのか。そんな裏テーマが、自然と浮かび上がりました」
男子に頼らず、自分で戦って勝ち取るヒロインに
弁護士としての勤務経験を持つ新川さんの作品とあって、法律の要素も盛り込まれている。椿たちが暮らすのは、司法試験の合格者だけが悪魔と契約して魔法を取り扱うことができる世界。魔法律学校では、魔法を安全に使うための法技術体系を教えている。
「そもそも法律や契約は、魔法に近いものです。契約は目には見えませんが、それでも効力は発動しています。所有権だって、所有というルールをみんなで約束しているにすぎません。そういった法律のフィクション性は共同幻想であり、信仰や魔法に似ていると思っていました」
学園の成り立ちや魔法律の歴史は細部まで練り込まれているが、それらはあくまでも裏設定。読者は予備知識なしに魔法律の世界へと飛び込むことができる。
「ライトノベルでは、魔女が当たり前のように登場しますよね。でも、私は『日本に魔女なんているはずがない』と思ってしまうタイプ。どういう形なら、自分が納得できるのかと突き詰めていった結果、世界観がどんどん緻密になっていきました。我ながら“厄介ファンタジーオタク”だなと思います(笑)」
執筆中は、何度も“厄介オタク"な新川さんが顔を覗かせ、折り合いをつけるのに苦労したそう。
「このシリーズは、一般社会では優秀な子が魔法律の世界で落ちこぼれになり、頑張る物語です。でも、本来ライトノベルでは逆のほうがいい。現実世界で散々な目に遭っている人が、魔法の世界で特殊な力を発揮するほうが読んでいて気持ちいいですから。でも、『現実世界で頑張れない人が、魔法の世界で急に頑張れるはずがない』と思ってしまって。正解はわかっているのに、どうしても逆を行ってしまうんです」
だが、ライトノベルのセオリーを打ち破ったところに、この作品の面白さがある。
「終盤に椿の決闘シーンがあるのですが、普通なら女の子の代わりに男子が戦うと思うんです。ヒロインは男子に助けられ、ライバルの鼻を明かしつつ、彼と甘い雰囲気になるのが定番じゃないですか。でも、椿は自分で戦うんですよね。主人公は女子ですが、少年マンガのよう。学園で日常の謎でも解いたほうが読者に喜ばれるとわかっているのに、どうしても戦わせたくなってしまって……。しかも2巻では流血してボロボロになるほど戦いますし、3巻では孤島でのサバイバルが待っています」
10月には2巻、12月には3巻が発売され、来年以降も年2冊のペースを目指すそう。執筆の原動力のひとつは、カバーイラストを担当する悌太さんのアートワークだと話す。
「悌太さんにはキャラクターデザインもお願いしました。膨大な設定資料を渡すだけでも迷惑なのに、だいぶ無理なお願いもしてしまって。例えば伊織なら『裏表があるキャラなので、表面的にはクールでありつつ、裏に上昇志向を秘めたアンビバレントな感じを表現してほしい』なんてお伝えしましたから。ですが、片目の下に泣きぼくろを入れて、左右どちら側から見るかで印象が変わるようにしてくださって。キャラクターの理解が深く、こちらの意図を見事にデザインに落とし込んでくださいました。私が原稿を書けば、悌太さんも次の表紙を描いてくれる。そう思うと原稿もはかどります」
ミステリー小説ではないものの、ミステリーの技法を取り入れて書かれた本シリーズ。気になる謎もちりばめられ、早くも続きが待ち遠しい。
「私は、けなげに幸せを待ち続けるシンデレラタイプよりも、自分で戦って幸せを勝ち取るヒロインが好きです。戦いながら、欲しいものをひとつずつ手に入れていく椿をぜひ見守ってください。2巻は1巻より、3巻は2巻より面白いので、続刊も楽しんでいただけたらうれしいです」
取材・文=野本由起、写真=干川修
しんかわ・ほたて●1991年生まれ。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。同作と次作『競争の番人』はテレビドラマに。25年、『女の国会』で第38回山本周五郎賞受賞。他の著書に『ひまわり』『目には目を』など。

『魔法律学校の麗人執事 1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー』
(新川帆立:著、悌太:イラスト/幻冬舎)1870円(税込)
野々宮椿は、日本で一番優秀な15歳の女の子。生まれ育った修道院を救うため、魔法の天才・条ヶ崎マリスの執事になり、魔法と法律の学び舎「魔法律学校」に入学する。だが、ご主人様は傍若無人で尊大なオレ様系。そのうえ、学生寮でマリスと寝食を共にするため、女性であることを隠して男装して生活することに。波乱続きの恋と魔法の学園ファンタジー、ここに開幕!