かわいらしく描かれたうさぎやかえるから急転直下! 「こわい箱」から語られる物語はあなたに新しいホラー体験をもたらす『こわいやさん』【書評】
PR 公開日:2025/10/27

ホラー作品は、表紙を含めて一目で「恐怖」が伝わるように作られているものがほとんどだ。そんななかで異彩を放つコミックが、かわいらしい動物が登場する『こわいやさん』(カメントツ/集英社)だ。
本作の怖さは独特だと思う。表紙のかわいいうさぎのイラストでほっこりするが、よく見るとその手に抱えられている赤い箱が異質で、うさぎとのギャップが余計不気味に感じる。どんな恐怖が描かれているのかが全く予測できず、ページをめくりたい気持ちがはやるのだ。
物語の舞台は、かわいらしい動物たちが暮らす「どうぶつ村」。彼らはみな、普通のさまざまな店を開いているが、うさぎが開く店だけは「こわいやさん」という店名で「こわい」を売っているという異様な雰囲気を持つ。
うさぎは恐ろしい顔が描かれた数々の箱を開け、その箱の中身にまつわる「こわい話」を明かす。聞き手となるのは、同じ町に住むかえるくんだ。
うさぎが語る「こわい話」は基本的に1話完結型だが、なかには再登場するキャラクターがいたり、ある話の後日談も知れたりするので、読み進めるほどに恐怖は増す。
本作はホラー作品で題材にされることが多いテーマを斬新な角度から捉え、新たな恐怖を描いている。例えば「心霊写真」というお決まりのテーマも一風変わったホラーになっているのだ。
うさぎが明かす「心霊写真」(4話)という「こわい話」は、地方テレビ局のアナウンサーだった男性の体験談。彼はある日、眼球が飛び出た巨大な顔が空に浮かんでいるのを目撃する。しかし、現地でリポートをしていると巨大な顔は蜃気楼のように消えてしまった。その後、巨大な顔はプロジェクターを使ったイタズラだと報道されたが、彼は納得できずに独自に調査。その結果、ある真実に気づいて――。
定番のテーマを独自の視点で作品に落とし込んだこの怪談は、「そうきたか……」という納得感と斬新な恐怖感を与える内容だ。
また、作者のカメントツ氏の圧倒的な画力にも注目してほしい。ファンシーな絵柄の中に突然、妙にリアルで禍々しいものが登場するので、読み手は描き分けのすごさにド肝を抜かれるだろう。
そして本作で描かれるこわいものは神出鬼没。「来る!」とは分からないタイミングで現れるから、1ページ先の展開が読めず、スリルと恐怖で鼓動が速くなる。
ユニークなタイトルに目を引かれる「呪いの人形(偽)」(2話)という怪談もそのひとつ。この怪談の主人公は詐欺師の与田。与田は、嘘のいわくを付けたアイテムを作って売りさばいている。例えば、髪の長い人形は部分的に髪をカットして髪が伸びたように偽装。そんなものを売って与田はシノギを得てきた。だが、取引後、与田はなぜかいつもお礼のメールを貰う。偽物なのになぜ感謝されるのか。その真相とは?
なお、本作は霊的な怖さはもちろん、ヒトコワ的な要素も盛り込まれているため、そうしたジャンルが好きな人も楽しめる。特にかえるくんの過去にまつわる話が印象的だった。実はかえるくん、村に来る前は王様から与えられたタスクをこなすためだけに生きていた。しかし自ら考える意志が高くその生き方に疑問を持ったため、住んでいた土地から追放されたのだ。
感受性や意志は、生きる上で大切なものだ。それをないがしろにして強制的に同じ方向を向かせ、生産性を上げることだけを重視するかえるくんがいた社会は、どこか現代社会と通ずるところがあるように感じ、他のエピソードとは一味違う恐怖を覚えた。
さまざまな「こわい」が詰め込まれた箱たち。あなたはどのエピソードに恐怖を感じるだろうか?
文=古川諭香

