総理そっくりの“影武者”が国難に挑む! 忖度なしの痛快ポリティカル小説『総理にされた男 第二次内閣』【中山七里 インタビュー】
公開日:2025/10/6
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年11月号からの転載です。

もしも一般市民が、ある日突然、総理大臣の座に就いたら……?
2015年に刊行された『総理にされた男』は、そんな奇想天外な発想から生まれたポリティカル・エンターテインメント。“どんでん返しの帝王”として知られる中山七里さんにとって、初の非ミステリー小説でもあった。
「僕は、編集者からのオーダーにはすべて応える作家です。この小説は『ミステリー以外のジャンルでもいい』と依頼されたことから、構想しました。オファーをいただいた12年頃は、政治小説が下火でしたが、SNSでは政治的な意見を言う人が増えていて。保守とリベラルの分断化の兆しが芽生え始めた時期でした。ただ、SNSで声高にもの申すのは一部の人たちだけ。国民の6、7割を占めるサイレントマジョリティに共感してもらえるような、政治の話を書いてみたいと思いました」
そこで着想したのが、“替え玉総理”の物語だ。売れない舞台俳優の慎策は、時の総理・真垣統一郎に瓜二つ。真垣が病に倒れたことから、慎策は影武者として総理の代役を務めることになる。
「大統領に瓜二つな男が代役を演じるアメリカ映画『デーヴ』が下敷きなのではと言われましたが、僕の頭にあったのはチャップリンの『独裁者』。政治家ではなく、しかも権力に何の執着もない人が総理になったら、どんな化学反応が起こるのか見てみたくて。こうした設定なら、世の人たちも共感してくれるのではないかという思惑もありました」
その目論見は見事に当たり、前作はヒット。だが、ひとつだけ中山さんの計算外だったことがある。
「時の流れとともに多少は状況が良くなるかと思いきや、政局はますます混沌とし、さらに社会の分断が進んでいきました。もし今『総理にされた男』の続きを書くなら、どんな話になるのか。国民の信任を得た慎策が腕を振るえば、少しは面白い政治になるのでは。そんな思いから、続編のアイデアが生まれました」
災害、感染症、五輪……現実とリンクした難題に挑む
前作では野党や官僚、さらにはテロとの戦いが描かれたが、続編では現実をなぞるような出来事が慎策に降りかかる。そのひとつひとつに全力で取り組み、型破りな発想で困難を突破していくさまが痛快だ。例えば経済対策では、お忍びで銀座や秋葉原を視察し、ある打開策を断行。感染症拡大時には、驚きの人事と思い切った財源確保により苦境を乗り越えていく。
「よくできた物語は、敵が魅力的ですよね。そんな敵が味方になれば、ストーリーはさらに面白くなるはず。現実にはあり得ない人事ですが、硬直化した組織に突拍子もない人材を放り込むことで、風通しが良くなると思いました」
豪雨災害に見舞われた際には、ダム行政にメスを入れる。治水用、農業用、発電用でそれぞれ管轄省庁の異なるダムを、一元管理しようと試みるが……。
「既得権益を手放すまいとする官僚の努力は、大したもの(笑)。国益よりも、まず省益を優先しますから。そんな縦割り行政を改めたら、多少なりとも社会の息苦しさが薄れるのではないか。ここでは豪雨災害を題材にしましたが、例えば幼稚園と保育園で所管省庁が異なるなど、縦割り行政による弊害はあらゆるところで生じています。こうした体制を打ち破るにはどうすればいいか、その一例を書きました」
パンデミック下のオリンピックでは、準備段階からさまざまなトラブルが続発。さらに開会式では、台湾をめぐるあるアナウンスが波紋を呼ぶことになる。
「東京オリンピックの入場行進で、NHKのアナウンサーが“チャイニーズ・タイペイ”を“台湾”と紹介したことが、SNSで大きな反響を呼びましたよね。作中では、慎策が“台湾”と呼称するよう、NHKに独断で依頼したという設定にしました。それが中国の逆鱗に触れ、想定外の事態を引き起こします。自分で蒔いた種ですから、自分で刈り取らなければならない。それが、次章につながっていくんです」
そして起きるのが、台湾有事だ。台北で騒乱が相次ぎ、台湾市民にとどまらず日本人留学生も負傷。中国政府は、台湾市民の保護を名目に軍隊の派遣を検討する。中台の緊張が高まり、アメリカの動向も注視される中、日本政府はどう動くのか。慎策は、かつてない決断を迫られる。
「今まで幾度となく台湾有事が噂されてきましたが、『まさかそんなことが起きるわけない』と楽観視する方は多いですよね。ですが、ロシアによるウクライナ侵攻もイスラエルのパレスチナ・ガザ地区への武力攻撃も、『まさか』が現実になりました。政治の世界にifはない。台湾有事が起きたら日本は、世界はどうするのか、シミュレーションしておかねばなりません。現時点で考え得る着地点として、作中ではある解決策を書きました」
前作では官房長官の樽見、旧友であり大学准教授の風間がブレーンだったが、この策は慎策ひとりで熟考し、導き出した結論だ。一介の市民だった慎策が、総理として着実に成長しているさまがうかがえる。
「実を言うと、今回の続編は『総理になった男』というタイトルにしようと考えていたんです。替え玉になってから2年が過ぎ、慎策も総理としてみずから決断をする男になっていなければならない。『地位は人を創る』と言いますが、慎策も総理という立場になったことで真価が発揮されていく。今回は、そんな覚悟の物語でもあります」
絶望に満ちた社会に射す一条の光を描きたい
次々に降りかかる困難を、時にはウルトラCの奇策を用いて乗り越えていく慎策。その姿を見ると「現実の政治家もこうであれば……」という思いが湧いてくる。
「僕の小説は、どれも絶望から始まり、そこに射す一条の光を描いています。今回は甘い理想論も書きましたが、それは現実世界があまりにも絶望に満ちているから。絵空事と言われればそうですが、僕はこのシリーズを“ポリティカル・ファンタジー”と捉えています。慎策の姿に、一筋の希望を感じていただけたらうれしいです。また、慎策以外の政治家も、ことさら悪どく無能には描かないようにしました。なんだかんだ言っても、国会議員に選ばれるような人たちは優秀ですし、突破力もあるはず。そこにも希望を込めました」
こうした政治小説は、「作者の思想・信条が反映されているのでは」と思われがちだが、中山さんに限ってそんなことはない。「思想なんて、むしろ毒です」と話す。
「この作品に限らず、小説に僕の考えを入れることはありません。どれも、『この主人公ならこう考える』と書いているだけ。作品によって主人公がまったく違う主張をしているので、読者からは『言ってることが全然違うじゃないか』と思われるかもしれません(笑)。でも、僕の考えなんてどうでもいい。エンターテインメントとして、読者が面白がってくれるものを書きたいので」
あくまでも読者ファーストで、小説を書き続ける中山さん。ということは、読者が望めばシリーズ第3弾もあるのでは……?
「実を言うと、この作品を書き終えた時点で次回作の構想もできてしまいました(笑)。また、このシリーズとは別に、慎策扮する真垣総理が登場する新作も控えています。小説家は下請け業ですから、もし望まれれば第3弾を書くこともあるかもしれませんね」
取材・文=野本由起、写真=川口宗道
なかやま・しちり●1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。著書に、デビュー作に連なる「岬洋介」シリーズ、『護られなかった者たちへ』から始まる三部作・「宮城県警」シリーズ、『バンクハザードにようこそ』など。

『総理にされた男 第二次内閣』
(中山七里/NHK出版)1870円(税込)
売れない舞台役者の加納慎策が、病に倒れた内閣総理大臣・真垣統一郎の“替え玉総理”になって早2年。忖度のない大胆な発想、国民目線の言動で海千山千の政治家たちを凌駕し、世論を味方につけてきた。そんな慎策に、新たな困難が降りかかる。長引く不況、パンデミック、自然災害、東京五輪、そして台湾有事──。ポリティカル・エンターテインメント第2弾!