想像力の翼を広げてくれる名作絵本の誕生! 角田光代さんが初めて書き下ろした猫のお話【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/10/8

ねこが しんぱい
ねこが しんぱい(角田光代:作、小池壮太:絵/KADOKAWA)

 愛猫家でも知られる直木賞作家の角田光代さんが、初めて文を書き下ろした猫の絵本『ねこが しんぱい』(角田光代:作、小池壮太:絵/KADOKAWA)。洋画家の小池壮太さんが、油絵で写実的に描いた「ねこのたまこ」は、角田さんの15年来の愛猫トトちゃんがモデル。筋肉の感じだけでなく、アメリカン・ショートヘアの縞模様まで見事にそっくりなので、「絵描きさんはすごいな」と角田さんも驚いたという。

 そして、ワクワクしながらページをめくると、そこには、ちょっぴりシュールでユーモラスな猫の世界が、痛快に豊かに広がっていくのである。

だいすきってことは、しんぱいごとがふえるってこと?

 表紙カバーの袖にある文章のとおり、このお話のもとになったのは、角田さん自身がトトちゃんとの暮らしで感じてきた〈しんぱいごと〉。自分が留守の間、ねこがこんなことをしているんじゃないか、あんなことをしているんじゃないかと、ネガティブなほうに想像力がたくましくなっていく……。愛猫家なら、思わず共感してしまう〈しんぱいごと〉。それが、角田さんの想像力によって、さらにパワーアップ。

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 誰もいないおうちで、開けっぱなしのタンスに入って閉じ込められていないかな、ティッシュの箱からどんどんどんどんティッシュを出してぐるぐる巻きになっていないかな、洗濯機のなかに入って洗濯されていたらどうしよう……。

 小学生のわたし、おとうさん、おかあさんが、がっこうで、かいしゃで、それぞれ、ひとりぼっちでお留守番しているたまこを心配する、その想像は、だいすきな気持ちから生まれていて、本来、ドキドキ、ネガティブなはずの心配ごとなのに微笑ましく、温かなものが、胸に広がっていくのである。

奇想天外な異世界へ愉快にジャンプ! そして、何気ない日常の幸福に改めて気付かされる

 しかしながら、この絵本の真骨頂は、一見、ネガティブに思えるものを逆転させて、「ねこのたまこ」が水先案内人となり、異世界への冒険に連れていってくれることだと思う。

 家族の心配をよそに「ねこのたまこ」は、いったい何をしているのか?

かぞくの だれも しらないのです……。

 言葉を覚えたての小さな子どもも、物心ついて久しい大人も、きっと好奇心を鷲づかみにされる見事な1行によって開かれる、異世界への扉。ページをめくるたびに、あっと驚き、笑ってしまう、痛快かつ奇想天外な展開と、奥行き深いユーモアをたたえた小池壮太さんの絵……。

 そして、想像力の翼をはためかせた異世界の旅は、家族の「ただいま!」によって、何気ない日常に、おだやかに着地する。「この絵本を通して、猫に限らず、心配ごとがあっても意外に大丈夫かも、という気持ちを伝えられたらうれしい」という思いもこもった『ねこが しんぱい』。愛猫家であってもなくても、子どもでも大人でも、日常の幸福と、想像力の翼を豊かに広げてくれる1冊。それにつけても、「ねこのたまこ」の、なんと、とぼけて愛らしいこと! まさに、多くの人に読み継いでほしい名作絵本の誕生だと思う。

文=藤原理加

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