長澤まさみ主演・映画『おーい、応為』公開!原作の一つ、杉浦日向子の『百日紅』ってどんな漫画?【書評】

マンガ

PR 公開日:2025/10/24

 稀代の浮世絵師・葛飾北斎とその娘・お栄/応為。親子にして師弟という2人の関係を描いた映画『おーい、応為』が2025年10月17日に劇場公開を迎えた。「美人画では父を凌ぐ」とも言われながらもその多くが謎に包まれている応為を長澤まさみ、父・北斎を永瀬正敏、北斎の門下生・渓斎英泉(善次郎)を髙橋海人が演じ、『日日是好日』『星の子』の大森立嗣監督が脚本も手がけた。

 本作の原作のひとつとされているのが、2015年にアニメーション映画化もされた杉浦日向子氏の漫画『百日紅(さるすべり)』(上下巻、ちくま文庫)に収録されている「木瓜(ぼけ)」と「野分(のわき)」だ。本稿ではこの2編を絡めつつ、『おーい、応為』の魅力に迫っていきたい。

 『百日紅 (上)』
『百日紅 (上)』(杉浦日向子/筑摩書房)
 『百日紅 (下)』
『百日紅 (下)』杉浦日向子/筑摩書房)

【漫画】「野分」を試し読み

 まずは簡単に、『おーい、応為』と『百日紅』の立ち位置を整理しよう。どちらも北斎・応為・善次郎を中心にした物語ではあるが所々に違いがあり、比較することでパラレルワールドやマルチバース的な楽しみ方ができる。2作のギャップがそのまま史実や実在の人物に対する解釈の多様性や、映画と漫画それぞれのテーマ性を示しているといってもいい。

 例えば、応為の描かれ方。『百日紅』では父・北斎と同居しつつ絵師として活動している場面(北斎の代筆など)からスタートするが、『おーい、応為』では夫に離縁されて出戻ったことで父との共同生活が始まる。そして、彼女が筆を執るまでにもかなりの時間を要する。火事の見物が趣味だったり、跳ねっ返りで勝気な性格は共通しているが、映画独自の展開で強調されるのは「北斎の娘という宿命」に葛藤した末に「絵師・応為の誕生」に至るドラマだ。

 人並外れた観察眼と審美眼を持つがゆえに絵師である夫の無才を見抜いた結果破局してしまうなど、序盤は己のギフトに振り回されがちだった応為が、絵師として生きる覚悟を決めたことで心技体が揃っていく展開は実にドラマティックで、長澤まさみによる覚醒時の凄みを体現した熱演も相まって、映画ならではのカタルシスを与えてくれる。

 その部分を補強するのが、「木瓜」のエピソード。『百日紅』では実母に生活を心配された応為が「親父と娘で筆二本、箸四本あればどこへ転んだって喰っていくさあ」と返し、『おーい、応為』では母に「お前は昔から絵を見る目があった。お前だけがお父っつぁんに似てた」と言われて「似ちまったよ」と返す。どちらも応為が運命を受け入れるターニングポイントとして機能しているのだ。また、もうひとつの「野分」は北斎・応為の親子を襲うある事件を描いたもの。ネタバレを避けるため詳細は伏せるが、こちらも応為の絵師として生き抜く覚悟をより強める効果をもたらしているといえる。

 その応為にとって腐れ縁であり、時にライバルにしてよき理解者となるのが善次郎だ。初登場時が吉原帰りという根っからの女好き&酒好きであり、『百日紅』では画力は劣るものの色気の漂う春画が得意な絵師として活躍する。デッサン力があっても面白みに欠ける応為とは正反対のスペックを持つ人物なのだ。

 そして『おーい、応為』では、「知ることで描ける」とアドバイスを送るシーンが登場。ちなみにこちらでは髪型がより“いなせ”になっており、応為に対して敬語で接する設定が加わったことで弟分のような可愛らしさが強化されている。髙橋海人の人懐っこい演技も効果的で、友情物語としても楽しめる。そしてやはり、映画では北斎のなかなか素直になれない不器用な人間味が重要なポイント(「木瓜」のパートでも応為への愛情が加筆されている)。ぶっきらぼうでつっけんどんな役を演じてもどこかに優しさを感じさせる、永瀬正敏の持ち味が見事に発揮された北斎像といえるだろう。

 なお、『百日紅』では原作に挙げられた2編以外にも、北斎が応為による“弟子の不始末”を処理するために一肌脱ぐエピソード等も登場する。北斎・応為・善次郎という人物の奥行きをより楽しめるため、ぜひ映画を観たのちには上下巻全編を読破してみてほしい。

文=SYO

『百日紅 (下)』「野分」を無料で試し読み
『百日紅 (下)』「野分」を無料で試し読み

あわせて読みたい