“なるほど、意外だね”ではなく、“驚いた!”と言ってもらえるものを【伊坂幸太郎 インタビュー】
公開日:2025/11/13
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

作家生活25周年を記念した本誌6月号の特集で、伊坂幸太郎は次回作が書き下ろし長編ミステリーになることを明かし、こう語っていた。「驚きがあると言い切ってしまっても驚かせる自信がある。というのが理想なので、それを目指しています(笑)」。ついに刊行された『さよならジャバウォック』はまさに、「驚きがある」と知っているのに驚かされる。『アヒルと鴨のコインロッカー』(2003年)や『ホワイトラビット』(17年)に連なる、伊坂ミステリーの真骨頂と言える傑作だ。
「僕ほど年末のミステリーランキングを気にしている作家はいないと思うんですが(笑)、このところずっといい順位をもらえていないんです。僕の作品はミステリーだと思われていないからなんじゃないか……ということがだんだん分かってきて、誰が見てもミステリーだと分かるものを書いてみようと思ったんですよね。名探偵とワトソン役が出てきて、吹雪の山荘で密室殺人が起こるという話を、原稿用紙200枚くらいまで書いたんです。でも、率直に言ってしまうと全然ワクワクしなかったんですよ。このまま完成させられるかもしれないけれども、編集者と相談して、やめることにしたんです」
200枚分の原稿は全ボツにしたが、「もともと書く予定だったトリックというか、驚きの部分はいいんじゃないかなと思っていました」。その部分は活かして、まるっきり違う話にしてみようという発想から出来上がったのが、本作だった。
「ホラーが好きなので、前々から『エクソシスト』みたいな悪魔祓いの話を書いてみたかったんです。宇宙人が人間の体を乗っ取る系の話を、悪魔祓いと結び付けてみるのはどうかなと昔考えたことがあるんですが、その時は宇宙人の設定が難しくてやめました。それとは全く違うアイデアを今回思い付いて、要素の一つとして取り入れることにしたんです。そうしたら、結局いつも通りのというか、あまりミステリーに見えないミステリーができました(笑)」
キャッチーな冒頭からヘンな世界に連れていく
佐藤量子という人物の語りで物語は幕を開ける。〈夫は死んだ。死んでいる。先月、三十六歳になったが、今は死んで倒れている。/そのことは間違いない。/私が殺したのだ〉。彼女は仙台市内の自宅マンションで夫に暴力を振るわれ、自衛のために反撃したところ殺してしまった。脳裏をよぎるのは、一人息子である幼稚園児の翔の存在だ。〈現実から逃げたい。これが現実でなければ良いのに〉。すると、2週間前に近所で偶然再会していた、大学時代のサークルの後輩・桂凍朗が家を訪ねてくる。〈問題が起きていますよね? 中に入れてください〉――。
現代日本のどこかでたった今起きていそうな「殺人事件」が起こる、伊坂作品らしからぬ(!?)ポップでキャッチーな導入だ。女性の一人称も珍しい。新境地突入の感触が、序盤は色濃く漂っている。
「入りは変化球じゃなく、わりとストレートにしてみたんです。女性の一人称で進む長編は僕の中では珍しいので、そこも新鮮に映るのかなとは思います。旦那さん視点で書く可能性も考えたんですが、奥さんを殺しちゃう旦那さんってなかなか読者は共感しにくい。子どもを守りたいって気持ちを強く持たせるうえでも、女性のほうがいいという判断でした。自分の中で“女性のフリをして書いている感”が出ちゃうから女性視点には苦手意識があるんですが、なんとなく父親としての自分に置き換えたりしながら、こういうことが起きたらこういう行動を取るかなとか、こういう気持ちになるかなと想像して書いていった感じです。読者にとっても入り込みやすい導入になっていると思うんです。ただ、キャッチーなのは冒頭だけなんですよ。その話を読ませておいて、無理やりヘンな世界に、いつもの僕の小説に連れていく。何らかの詐欺をしている気もします(笑)」
その言葉通り、物語は突然、斗真という45歳の男性を視点に据えたパートへと移行する。ガラッと雰囲気が変わる。
「もともとは量子さんのパートしかなかったんですが、動きが少ないし説明も多くなってしまうので、もう1パート作ったほうが読みやすいんじゃないかなとなったんです。『ラブ・アクチュアリー』(03年)という映画に出てくる、老ミュージシャンとマネージャーの友情物語が好きだったので、ここでそれをやってみようかな、と。マネージャーの斗真とミュージシャンの北斎、そこに加わってくる絵馬と破魔矢の男女コンビの掛け合いは、僕っぽく楽しく書けたと思っています。量子さんのパートだけだった時よりも、より“何が起きているんだろう?”感が増したのかなとも思うんです」
その後は、2つのパートがスイッチしながら物語は進む。悪魔祓いの要素がどう関わってくるのか……それは読んでみてのお楽しみ。ただ、そこに関しては実のところサクッとネタが割れる。本作の「驚き」の根幹をなす部分は、他にある。そのこともまた、読者は早い段階で気づくこととなる。この世界は何かがおかしい、それは何なのか、と。
最後の最後まで真相を引っ張りました
「ミスリードをばら撒いて、読者が気づきそうな芽を潰していったり、どうやって真相をカモフラージュしようかは考え尽くしました。“何か起きている”というシグナルを作中で出さないほうがバレない気はするんですよ。でも、そのシグナルを出さないのはずるいかなと思うし、読者に“このことを驚くんだよ”というポイントをプレゼンしておかないと、いざ真相を明かした時にちゃんと驚いてもらえないんですよね」
いきなり驚かされても、ただただビックリ、で終わってしまう。読み進めながら何かがおかしい、それは何かと考えに考えていった先で、想像を超える真相が明かされるからこそ、驚きが爆発するのだ。
「その辺りのバランスは、25年の経験値が活かせたのかなと思っています。ただ、これまでの作品では、驚きだけの小説だと思われたくなくて、お話の真ん中過ぎぐらいで真相を明かすことが多かったんです。今回は、最後の最後まで引っ張りましたね。バレないように、でも興味は持ち続けてもらえるようにどう引っ張っていって、どう明かすか。こことかあそことか結構頑張ったんですよと言いたいんですけど、全部ネタバレに直結するので何も言えません(笑)」
口をつぐんでしまった作家の代わりに、本書に寄せた綾辻行人のコメントを引用したい。〈終盤のクライマックスに至って「この物語の正体」に気づかされたとき、文字どおり驚きの声を上げた。ここまでの驚きを味わうのは久しぶりだった。一瞬にして世界が変貌し、すべての疑問が氷解する。――これぞミステリーの(あえて「本格ミステリーの」とも云ってみよう)、最高の醍醐味である〉。そう、本作は一目でミステリーと分かる形態こそ取られてはいないが、「これぞミステリー」なのだ。
「僕からはそうだと言いづらいんですが、僕もそんな気がしているんです(笑)。ただ、最大の計算違いは、この本が出る頃には『このミス』の投票期間が終わっちゃっているんですよ。これだけ上位ランクインを目指して書いて、期間に間に合わなかったというオチが僕らしいかな、と思ったりもします(笑)。結局、読者に楽しんでもらえたら、それが一番なんですけど。余裕のある“なるほど、意外だね”という感じではなくて、“驚いた!”と言ってもらえたら最高に嬉しいです」
取材・文:吉田大助 写真:干川 修
いさか・こうたろう●1971年、千葉県生まれ。2000年に『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年に『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、08年に『ゴールデンスランバー』で本屋大賞および山本周五郎賞、20年に『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞など受賞作多数。デビュー25周年の今年は中編『楽園の楽園』、短編集『パズルと天気』が刊行された。

『さよならジャバウォック』
(伊坂幸太郎/双葉社)1870円(税込)
結婚直後の妊娠と夫の転勤。その頃から夫は別人のように冷たくなって、ついに暴力を振るわれた。そして今、浴室で夫が倒れている。夫は死んだ、死んでいる。私が殺したのだ。もうすぐ息子の翔が幼稚園から帰ってくるというのに……。途方に暮れていると、大学時代の後輩・桂凍朗が訪ねてきた。「量子さん、問題が起きていますよね? 中に入れてください」と。デビュー25周年を飾る、著者渾身の長編ミステリー。
