村山由佳「“動物を使った感動もの”を超える小説にしたかった」最新刊『しっぽのカルテ』への思い【インタビュー】
公開日:2025/11/26

愛猫家として知られる村山由佳さんが、11月26日に動物病院を舞台にした小説『しっぽのカルテ』(集英社)を上梓した。
信州の森に囲まれた「エルザ動物クリニック」は、凄腕の獣医師だが少々変わり者の北川梓院長を含めて、4人が働く女性ばかりの動物病院。新米の受付事務スタッフ・真田深雪を主軸に、日々運び込まれる動物とその飼い主をめぐる物語が描かれる。猫、犬、インコ、ウサギ、馬……かけがえのない命をいかに救い、いかに看取るのか。「動物もの」というワードから想像するありきたりな感動ものとは一線を画す、生と死の深奥に迫った小説になっている。作品に込めた思いを、村山さんにうかがった。
犬や猫から馬まで! 幼い頃から動物がそばにいた

──『しっぽのカルテ』は、動物病院を舞台にした物語です。この小説は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
村山由佳さん(以下、村山):小さい頃から動物を飼っていたため、私にとって動物は身近な存在でした。ですが、生き物を飼うことを中心に据えた小説は、ほとんど書いたことがなかったんですね。そろそろ書けるのではないかと思い、『小説すばる』での連載が始まるにあたって「動物病院のお話を書かせてもらえませんか?」と担当編集者に相談しました。
──これまで、どんな動物と暮らしてきたのでしょうか。
村山:物心ついた時には、家に犬と猫がいました。と言っても、昔の話ですから犬も猫も室内飼いではありませんでしたし、病気になったらそれまで。小学生の頃に飼っていた猫が、脚が半分ちぎれた状態で家に帰ってきた時、初めて親に泣きながらお願いして動物病院に連れて行ってもらいました。それが、私にとっての動物病院初体験でしたね。
40代の頃には、農場暮らしをしていたこともあります。当時は、鶏やウサギ、犬、猫、2頭の馬を飼っていました。私にとっては、馬もとても近い存在なんです。
──森に囲まれた「エルザ動物クリニック」では、女性院長の北川梓とふたりのベテラン看護師が働いています。そこに受付・事務として働きはじめたのが、主人公の真田深雪です。前職では人間関係のトラブルに見舞われ、母親との折り合いも良くありません。彼女はどのような存在として描きましたか?
村山:北川院長が自信満々な人なので、彼女を主人公にしてしまうと話が回らないと思ったんです。すべて自分流に解決していく人なので、何か起きてもほんの数行で話が終わってしまいますから(笑)。
そんな院長とは対照的に、深雪は自信がなくいろんなことに迷う人。彼女は、私にとても似ています。彼女と各話に登場する動物のオーナー、ふたつの視点を混ぜながら、物語を書いていきました。
──深雪と村山さんは、どういった部分が似ているのでしょう。
村山:すぐに周りと比べてしまうところ、自分に自信を持つのがへたなところ、「人に迷惑をかけているんじゃないか」「私が話している間に、相手の時間を奪っているんじゃないか」とぐるぐる考えてしまうところ……。そういう面倒くさい性格がよく似ています(笑)。
──村山さんにそんな一面がおありとは。こうした深雪と正反対なのが、北川院長です。彼女は獣医師としての腕は確かですが、ぶっきらぼうでブレずに我が道を行く人ですね。
村山:いざ書き始めてみたら、突然あんな人が参上しました(笑)。院長のようなタイプは、私から一番遠いところにいます。動物に対する思いは似通っていますが、あそこまで我が道を行くことは私にはできません。「こんな人がそばにいてくれたら心強いだろうな。動物たちも幸せだろうな」という願いや祈りを具現化し、憧れを持って描きました。
