村山由佳「“動物を使った感動もの”を超える小説にしたかった」最新刊『しっぽのカルテ』への思い【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/11/26

出し惜しみすることなく、冒頭2章で生と死を描き切る

──この小説は、全5章で構成されています。第1章の「天国の名前」は、建築職人の土屋高志が瀕死の子猫を見つけ、クリニックに飛び込んでくるお話です。

村山:まずは「エルザ動物クリニック」がどのような病院なのか、読者に伝えなければなりません。そこで高志を登場させ、外部の視点から病院を描くことに。1章で退場させる予定でしたが愛着が湧き、「もうちょっと出る?」とその後も登場することになりました(笑)。

 高志にとって、一番身近な動物は猫。かつてゾロという飼い猫を見送り、あまりにつらすぎて「もう動物は飼えない」と思っています。こうしたつらさを抱える人に飼われる動物は幸せなはずですが、なかなか勇気を持てない高志の気持ちもよくわかるんですよね。まずは、こうした葛藤を書くところから始めたいと思いました。

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──章題にもなっている「天国の名前」をめぐるお話が、とても印象的でした。亡くなったペットが天国に行く時、門番に自分の名前を申告するのだとか。その際、「僕の名前は〈カワイイ〉です」「私は〈カシコイ〉です」と飼い主から生前かけられ続けた言葉を、自分の名前だと思い込んでいるというエピソードです。あの話は、動物好きの間ではよく知られているのでしょうか。

村山:連載を始める1年ほど前に、この話を知ったんです。もしそうだったらなんて素敵だろうと思いましたし、ペットを見送った経験のある人なら「きっとあの子もそう名乗っているに違いない」と思うはず。でも、それを“いい話”として語ってしまうと、泣かせにかかっているようですよね。そこで、北川院長の登場です(笑)。

──それに対し、高志が「自分の飼い猫ならこう名乗るだろう」と明かす名前が、また素敵でした。世界一優しい4文字ですね。

村山:うちの猫も、きっとこう名乗るだろうなと思って。私の場合は関西弁ですけれどね。ただ、周りの人によると、私は息を吐くように「かわいいかわいい」と猫に声をかけているようなので、やっぱり天国で名乗るのは〈カワイイ〉かな(笑)。

──続く「それは奇跡でなく」は、飼い犬の安楽死をめぐるお話です。こちらは、どのようにして生まれた物語でしょうか。

村山:飼い主や動物病院にとって、もっともつらい決断は最期の時を自分で決めること。病気や老いで弱っていく愛犬を見送るのも切ないですが、「これ以上苦しませたくない」という愛情から安楽死を選ぶのは、もっとつらいはずです。どうやって感情の折り合いをつけていくのか、その胸中を描こうと思いました。

 私と同じく軽井沢で暮らしている作家さんの一人がやはり犬を飼っていらして、最期の時に安楽死の注射をするかしないかですごく悩まれて。ですが、結局注射をせずにすむタイミングで安らかに逝ったという話も、記憶に残っていました。私がもみじという猫を見送った時も、往診に来た動物病院の方々がお帰りになり、私と連れ合いだけになったほんの短い間に逝ってしまったんですね。まるですべてをわかっているかのように、「今しかない」というタイミングでこの世を去っていく。そんな動物の不思議さを、描いてみようと思いました。

──この1章と2章で、生きることと死ぬこと、命の根源にまで踏み込んでいますね。

村山:編集さんからも「2章で安楽死まで書くんですね。普通は最後に持ってくるテーマですよね」と言われ、「あ、やっちゃった!」と思いました(笑)。「次、何書こう」となりましたから。

──出し惜しみをしないんですね。

村山:昔、白洲正子さんが「『これは取っておこう』と出し惜しみをすると新しいものが入ってこない。惜しまず出したほうがいい」とおっしゃっているのを拝読して。私も、無計画にその時に書きたいものを書く。あとは、残りの持ちもので勝負するか、新しいものを入れるしかないという書き方をしています。

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