早見和真「日本ダービーは欲望、有馬記念は祈り」オグリキャップに魅せられた『ザ・ロイヤルファミリー』原作者が語る、物語の鍵がダービーではない理由【インタビュー後編】
公開日:2025/12/1

競馬の世界を舞台に、馬に希望を託し夢を追い続ける人々の20年にわたる壮大なストーリーを描いた『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮文庫刊)。
「ダ・ヴィンチWeb」では、実写ドラマ(日曜劇場・TBS系毎週日曜よる9時)の放送を記念して原作者・早見和真さんへのインタビューを実施、前後編でその様子をお届けする。後編では、物語を進める視点や「馬主」という存在、そして今回のドラマ化に期待することについてお話を伺った。

主人公・栗須と追体験していく物語
――本作は、物語が三人称視点でも馬主視点でもなくレーシングマネージャーである栗須の一人称視点で進む点が特徴的です。視点の取り方にはどんな狙いがありましたか?
早見和真さん(以下、早見):まず、小説を読む層の中に競馬ファンなんて1%くらいしかいないだろうと。最初から競馬が何たるかということを知らない方たちが相手だったんですよね。これを馬主や調教師やジョッキー視点で始めてしまうと、「お前そんなこと説明しないだろ」ってことばかりになってしまう。そこで、競馬をまったく知らない栗須というキャラクターを通じて、読者にも一緒にその世界に入ってきてもらおうと。レーシングマネージャーを主人公にするというアイディアも多分書くことが決まったその日のうちに到達していると思います。
――「継承」をテーマに人も馬も代替わりしていく中で、その中心にいるのが一人変わらずチームを支え続ける栗須というのは読んでいて印象に残りました。
早見:『ザ・ロイヤルファミリー』って二部制で、一部、二部ですべて世代交代しているんです。馬は“ホープ”から“ファミリー”に、オーナーは山王耕造から中条耕一に、ジョッキーは佐木隆二郎から野崎翔平に交代している。全部代わっていく中で、その第一部と第二部を繋ぐ人間は誰だって考えた時に、一番近くで見ているレーシングマネージャーを据えようという風になりました。
担当編集・松本太郎さん:レーシングマネージャーの語り口に関しては、結構ギリギリでカズオ・イシグロが思い浮かんだとおっしゃっていましたよね。
早見:レーシングマネージャーってどんな人か、実際お会いしていたけれどなかなかしっくりこなくて。で、もう本当に今日から書かなきゃいけないっていう日の朝に、あ、これはカズオ・イシグロだって。連載の担当編集者に朝6時くらいに「これ、『日の名残り』だわ」って入れたらその彼からも一瞬で「それだ!」って返事がきて。それからすぐ書き始めたっていうイメージです。レーシングマネージャーという人を、僕はそれまでに現代の日本には稀有な執事のような存在だと捉えていたので。

劇的に変わった「馬主」へのイメージ
――語る人物としては、競馬小説では馬主視点が多いのかなと思っていました。
早見:馬主視点もあまりないと思いますけどね。
取材では、実際に馬主さんとも十人くらいお目にかかりました。言える範囲だと先日亡くなった「メイショウ」の松本好雄さんや「サトノ」の里見治さん、「ホウオウ」の小笹芳央さんなど。取材で印象に残っていることはいっぱいあるけど、物語の中の栗須栄治と山王耕造のある場面でのやり取りは、僕とメイショウさんのやり取りがそのまま反映されています。それはやっぱり印象的でしたね。
何のためにこの人たちはこの活動をしてるんだろうとずっと思っていたんです。勝てないし、赤字だし、ネットでは悪口を書かれて、競馬場ではヤジを飛ばされて。馬主さんたちに対して、どんな自己顕示欲が満たされるのかということを追求していった取材だと思うんです。当然、人生の大成功者の集まりなんですよ。馬主界は勝ち続けてきた人たちの集合体であって、競馬は強者たちの運動会なんですよね。で、初めて自分だけの力じゃどうにもならないものと対峙している人たちでした。「あっ、こういう瞬間にヒリヒリしてるんだろうな」という感覚を抱きました。
――様々な馬主さんへの取材を通して、「馬主」に対するイメージは変わりましたか?
早見:劇的に変わりましたね。僕の馬主へのイメージが、読者の山王耕造へのイメージと合致しているはずだと思っています。汚く、傲慢なワンマン社長だった山王耕造のことを、読者のみなさんは最後には好きになってくれていると信じているんですよね。それが僕の馬主へのイメージの変遷だと思います。
――馬主は人生の大成功者の娯楽というところで、歪む人は歪むのかなというのが一般的な感覚としてあるのですが、取材の中では馬主の純粋さみたいなものが見えましたか?
早見:特に大馬主がそういう方が多かったです。一方で、一般的なイメージ通りの人間も多い世界です。自己顕示欲のためだけにやっている人たちもいるけれども、やっぱり人の想いを背負ってやっている馬主さんも一定数いて、そういう人たちに僕は大きな魅力を感じましたね。
有馬記念というレースが持つ特別性

――本作では年末のグランプリレースである「有馬記念」が特別なレースとして描かれています。競馬小説というと日本ダービーや凱旋門賞を大目標とするのが王道だと思っていたのですが、「有馬記念」を鍵となるレースとして設定した理由についてお聞かせください。
早見:いくつか理由があって、僕自身が競馬を好きになったのが、中学1年生か2年生の時の、オグリキャップが勝った有馬記念。何が何やら分からないまま、でもあんなに声を出して1頭の馬を応援するという機会は初めてでした。それに付随していると思うんですけど、あの年の瀬の切ない感じが好きなんですよね。昔からクリスマスより大みそかの方が好きで、その感じに近い気がします。もの悲しさがあるというか。『ザ・ロイヤルファミリー』の本編に「ダービーの熱の正体は欲望、有馬記念は祈り」といった描写があるんですけど、それは割と芯を食っていると自分では思っていて。祈りに溢れているあの静謐な時間、空気感が好きなんです。
それとやっぱり宮本輝さんの『優駿』の存在は大きかったです。『優駿』が日本ダービーを目指すものである以上、そこに挑もうと思うなら必然的に僕は有馬記念しかないなっていう風になりました。
今の日本のテレビドラマの現在地が見られる作品

――今回の『ザ・ロイヤルファミリー』の実写ドラマ化をきっかけに、競馬ファンはもちろん、これまで競馬に全く触れてこなかった様々な方が本作の世界に触れて競馬の魅力を感じることになると思います。今回のドラマ化に期待することをお聞かせください。
早見:日曜劇場ということもあって、本当に超一流のクリエイターが集まっているんですよね。座長である妻夫木さんを筆頭に、本当に作品にベットしようとしてくれている人たちが多い印象です。目黒蓮さんも、作品のためにどう振る舞うかを真剣に考えてくれている人で。
佐藤浩市さんも、あるインタビューを読んで「あ、いいな」と思ったんですけど、馬の話だからやっぱり早朝のロケが多くて、2時出発みたいなこともあってとても大変だと。だけど、その大変さがカメラに切り取られたらいいなと思っていると仰っていて。そういう世界じゃないですか。早朝なのにギラギラにかっこいい自分を撮ってくれとか、綺麗な私を撮ってとかいう人って馬の世界にいないと思うんですよね。そういう僕が思う本物の人たちが集まってくれている現場だと感じています。脚本もとてもいいです。言いすぎかもしれないですけど、今の日本のテレビドラマの現在地が見られるんじゃないかなという風に思っているし、この先、最終回まで僕も期待していますし、みなさんもぜひ期待していてください。
取材・文=肥後瑞姫 撮影=川口宗道
