「おつりを多く受け取ったが黙っておこう」これは詐欺罪? 身近な事例から犯罪を考える“教養としての刑法学”【書評】

社会

公開日:2025/11/27

なくなればいいのに。
なくなればいいのに。(穴沢大輔/自由国民社)

 メディアで見聞きする「犯罪」は、どこか他人事に感じられる。だが、法的な視点で日常を見てみると、犯罪は身近なものであると気づく。思わぬ行為が「罪」にあたることは意外と多い。

なくなればいいのに。』(穴沢大輔/自由国民社)は「罪って何?」と、改めて考えるきっかけを授けてくれる一冊。著者は、身近な出来事を法的な視点で見つめ、罪になる・ならない理由を解説。読むだけで “教養としての刑法学”を身に着けることができる。

「刑法学なんて難しそう……」と思う方もいるかもしれないが、本書では専門用語が分かりやすく説明されており、堅苦しくない。また、イラストもあるので、掲載されている事例が視覚的にも分かりやすい。

 事例は、「お仕事編」と「日常編」に分けられており、1タイトルごとの読み切り形式。隙間時間に少しずつ読み進めていくこともできる。

【日常編】おつりを多くもらっちゃったら“罪”になる?

 買い物をした時、おつりを多くもらうと、正直、「ラッキー」と思ってしまうもの。だが、実はおつりが多いことに気づいたまま受け取り、それを相手に申告しなかった場合は、「釣銭詐欺」に当たる可能性があるので要注意。

 詐欺罪は「人を騙して金品を奪いとる行為」をイメージしやすいが、著者いわく、今回のケースは、おつりの金額が違ったという真実を知っていたのに告げなかったという行動が「店員を欺く行為をした」と捉えられる可能性があるそう。一般的な詐欺行為のように嘘を言っていなくても法的な視点で見れば詐欺と見なされることもあるのだ。そう知ると、なにげない自分の行動を改めて振り返りたくもなるだろう。

 学者の中にはこうしたケースの場合に詐欺罪の成立を認めないという見解もあるそうだが、とはいえ、おつりが多いことに気づいた時は正直に申し出るのが無難だ。

■街中で見かける“シャッターへの落書き”はどんな罪になる?

 街中で一度は目にしたことがある、シャッターへの落書き。「あれは罪には問われないのだろうか……」と疑問に思ったことがある人は意外に多いのでは。

 一般的に、他人のものを壊すことは建造物損壊罪や器物損壊罪にあたるが、シャッターへの落書きは素人目線で見ると、微妙なライン。シャッターが機能通りに動くのであれば、「損壊」には該当せず、罪に問えないのではないかと思えてしまう。

 ところが、法的な判断は違う。器物損壊罪の「損壊」は「物理的に破壊すること」だけを指していない。外観や美観を著しく汚損し、原状回復に相当の困難を生じさせ、建造物の効用を減損させた場合にも器物・建造物損壊罪は成立する可能性があるのだ。

 過去には公園内にある公衆トイレの外壁への落書きが「損壊」にあたるという判決が最高裁判所で下されている。シャッターへの落書きも建造物損壊罪で処罰される可能性があるのだ。

■【お仕事編】職場でのパワハラは犯罪になる?

 本書を読む際は、掲載事例がどんな罪になるのか、ならないのかを考察するのもおすすめだ。例えば、次のようなケースの場合、パワハラ加害者は罪に問われるのか、一緒に考えてほしい。

 事例:α市β部課長のXは、気弱な部下Aが仕事をしなかったので、「そんなこともできないのか、しっかりせい!」と声を荒らげたが、反応がない態度に腹を立て、皆の前で「お前みたいなやる気のない人間は、どうしようもないからやめてしまえ。そうなりたくなければ、やる気を出せ!」と怒鳴った。しかし、態度が変わらなかったため、その後も何回か同じ趣旨の注意を続けたところ、Aはうつ病に罹患したとのことで職場から去ってしまった。

 このケースは一見、侮辱罪に該当しそうに思えるが、著者いわく、Xの暴言に侮蔑の意味合いまで認められるかは難しいところなのだそう。だが、Xがうつ病を含む精神病にAを追い込むつもりで暴言を繰り返していた場合は、傷害罪に問われる可能性があるという。

 ただ、パワハラで傷害罪が認められる事例は極めて稀なのだとか。なぜなら、被害者の精神的苦痛にどこまで「傷害」が認められるのか、という範囲決めがかなり難しいからだ。

 傷害罪の「傷害」の定義は一般的に、生活機能の毀損、健康状態の不良変更であるとされており、うつ病のような病気も含まれると考えられる。ただし一時的なショックも「傷害」と見なすと処罰範囲がかなり広がるおそれがあるため、最高裁判所は慎重な判断が求められる。

 一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず、再体験症状など、医学的な診断基準に当てはまる精神症状が継続して現れている場合は、「暴行によらない傷害罪」が成立するという。

 パワハラが犯罪と見なされるケースは限られているという現状は悲しいが、そうした知識を得ることは、自分の身を守る第一歩になる。悩んでいる方は専門家に相談しつつ、有利に闘えるように動いてほしい。

 本書には刑法に興味を持った方がより詳しく法学を学べるような章もあり、刑法学の奥深さを知ることもできる。法的な視点で日常を振り返ると、“事件”以外にも罪になる可能性がある行為は意外と多い。

 知らないうちに被害者・加害者にならないために。ぜひ、教養としての刑法学を身に着けて他者や自分を守ってほしい。

文=古川諭香

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