デビュー25周年を飾るにふさわしい、「犯人に告ぐ」シリーズ完結作【雫井脩介 インタビュー】
公開日:2025/12/17
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

劇場型犯罪に対抗して、警察官みずからがテレビ出演して犯人を煽る劇場型捜査をしかけるという、前代未聞の展開を描いた小説『犯人に告ぐ』。特にミステリー好きから絶賛され、豊川悦司主演で映画化された同作が、21年の時を経てついに完結した。
「続編を書こうなんてつもりは、さらさらなかったんですよ。ただ、映画の続編が企画されたことがあって、僕に書く気はないけどお好きにどうぞとまかせていたら、あがってきた企画書に違和感を覚えた。主人公・巻島史彦ならこうは言わない、こうは動かないという言動が目についたんですよね。けっきょく企画は流れたけれど、彼の存在が僕のなかに一人の人間として息づいていると気づかされたことで、彼の物語がまた書けるんじゃないかという思いが芽生えました。これまで3作以上続くシリーズを書いたことはなかったし、執筆生活を続けていくうえで、柱になる作品があったほうがいいと思い始めてもいたタイミングでした」
そうして刊行されたのが、『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』。劇場型・連続幼児誘拐殺人事件を解決してから半年。今度の相手は、脛に傷をもつ人間を誘拐したふりをして金を脅し取ろうとする特殊詐欺集団。『犯人に告ぐ3 紅の影』で巻島が直接対決する犯罪指南役、リップマンこと淡野との出会いを描いた一冊でもある。
「淡野は続編を通して巻島最大の好敵手となるわけですが、2巻の時点ではまだ謎めいた人物として登場しています。過去に犯人を逃し、幼い命を守れなかったことを十字架のように背負い続けている巻島は、事件解決のためなら手段を選ばない男です。でも、追っているうちは正体の見えない“悪”でも、捕まえてみれば血の通ったひとりの人間であり、犯罪に至るまでの事情があることにも気づかされる。ただ手柄をあげたいわけじゃない、巻島だからこそできる捜査を描くため、2巻から犯人側の視点を織り交ぜていますし、そうすることで淡野の人間性も徐々に見えてくる形になっています」
時代性を反映しながら描かれていく犯罪の裏側
2巻で犯人側の視点人物となるのは砂山知樹。理不尽な内定切りによって将来を絶たれ、唯一の家族である弟と生きていくため、特殊詐欺を働く男だ。そして今作『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』では、学費を稼ぐため勉学に集中できず追い詰められていく大学院生・梅本佑樹が登場する。根っからの悪ではなく、やむにやまれぬ事情で裏社会に足を踏み入れた彼らが、そこでもまた搾取される側にまわり、使い捨てにされてしまう姿を通じて、現実の社会構造もまた、本作では描き出していく。
「二人の境遇は、似ているようでちょっと違いますよね。10年前に2巻を書いたときは、ちょうど特殊詐欺が話題にのぼることが増えていて、実行役となるのは社会からはみでてしまった人たちというイメージだった。でも今は、普通の学生の身近に犯罪の種が転がっていて、学歴があっても職を得られなかったり、そもそも学費を払うのが困難だったりする人たちが、軽い気持ちで闇バイトに手を出してしまうことも多い。犯罪を描く以上、その社会的背景は切っても切り離せません。小説内の時間は連続しているけれど執筆時期は離れているので、それを逆手にとって、その時々の時代変化を大胆に取り込んでいるのもこのシリーズの特徴です」
社会から冷遇された人たちが、一矢報いるように、犯罪に手を染める。その背景が描かれるからこそ読んでいるとつい肩入れし、巻島を応援しつつも、彼らに逃げ切ってほしいと願ってしまう。ところが、4巻でついに正体を現すワイズマン。一連の犯罪グループの黒幕であり、社会的にも地位を築きあげたある男と、警察内部からワイズマンに協力するポリスマンは、すがすがしいほどの悪役で、同情の余地が一切ないのもまた、おもしろい。
「ワイズマンやポリスマンは淡野より悪辣ですが、登場人物としての重要性、巻島にとっての存在感は淡野のほうが上であることは崩すつもりはありませんでした。ワイズマンは自身が成り上がっていくため、ひたすら冷ややかに策謀を積み重ねていく。その冷血さを前面に出すことで、読者としても感情移入しづらい人物になっています。巻島が遠慮なく追い詰めるべき相手として、シリーズの締めくくりにも相応しいかとも思っています」
これまでにない犯罪手法を描き出すのがシリーズの色
特殊詐欺や誘拐ビジネスはワイズマンにとって小金稼ぎの一つでしかない。己の地位と権力を盤石にするため、淡野をはじめ、邪魔な人間には殺害指示を出し、裏で手を汚しながらも政界や警察内部とのコネクションを活用し、横浜のIR誘致で利権を得ようとする彼の目論見を、果たして巻島は止められるのか。
「正直、続編を書きはじめた当初は、三部作にしようくらいのぼんやりとしたイメージしかなくて、横浜がIR誘致に手を挙げているから軽く盛り込んでみようかと考えていたら、書いている途中で撤退してしまったんですよね。でも、一度そこに目をつけたワイズマンは、なんとしてでも実現化させようと動くだろうし、そうなれば3巻で書いた警察の裏金問題以上の黒い思惑に巻島は捜査を阻まれることになる。さてどうするか、というのが今作を書くうえでのいちばんの課題でした。2巻では身代金代わりの金塊、3巻では警察の裏金を、犯人がどのように奪取するのかといったように、実行者の企みと関係者の思惑が複雑に絡み合った犯罪を、現実離れとも言える大胆な捜査で迎え撃つのが『犯人に告ぐ』のカラーですからね」
そこで、キーパーソンとなるのが梅本である。ワイズマンに切り捨てられ命を狙われる彼が、大学院で研究するテーマはゲーム理論。司法取引の裏付けにもなるその理論を利用して、巻島は梅本を味方にとりこもうとする──。
「その駆け引きと、劇場型捜査の舞台となるネットテレビを用いた仕掛けを思いついたとき、これなら書けるという手ごたえを得ました。あとはもう、みなさんに楽しんでいただくだけですね」
警察小説でありながら、犯罪小説。そして、泥臭い人間の群像劇でもある今シリーズ。出世欲や保身など、警察官であっても私利私欲の感情に翻弄される人たちをつぶさに描き出すからこそ、犯人逮捕だけを追及し続ける巻島の矜持が際立つのだ。
「事件が起きたとき、そのまわりにいる人たちはどんな感覚を抱くんだろうと考えると、全員が同じであるわけがないんですよね。立場によってとるべき判断は異なるし、なすべきことがわかっていても、個人の感情を優先してできない人もいる。それは警察に限った話ではないと思うのですが、コントロールしきれない感情の渦にのまれながら、いかに事件を解決させていくかというところに物語の種はあるんじゃないかと思います。シリーズを長く続けてきたおかげで、もう登場させるつもりのなかった人物が意外なほど重要な役回りを背負ってくれることが多かったのは、自分でも興味深かったですね。2巻、3巻で便宜上、兼松という名前を付けて出したにすぎなかった運転手が、事件解決に欠かせない人物となりましたし、1巻で退場したと思っていた“彼”も4巻で再登場し、結果的にシリーズを通して巻島の生き様を映し出す、鏡のような存在として機能してくれました」
それほど魅力的な人物にあふれた今作、さらに続編を書くご予定は?
「読者のみなさんも追いかけるのに疲れたでしょう(笑)。今はただ、終えられたことにほっとしています」
取材・文:立花もも 写真:首藤幹夫
しずくい・しゅうすけ●1968年、愛知県生まれ。2000年、新潮ミステリー俱楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞受賞。『クロコダイル・ティアーズ』は直木賞候補に。『火の粉』『ビター・ブラッド』『望み』『検察側の罪人』など映像化作品多数。ほか著書に『犯罪小説家』『互換性の王子』など。

『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』
(雫井脩介/双葉社)2420円(税込)
因縁の宿敵ともいえるリップマンこと淡野を逃し、その生存を疑いながら行方を追い続ける巻島。ネット配信テレビに出演し、公開捜査を試みながら、一連の犯罪の裏で手をひくワイズマンに迫ろうと試みる。ワイズマンの正体は、巻島もよく知る男。政界にも警察内部にもコネクションをもつ彼は、己の地位と権力を盤石にするため、横浜のIR誘致に向けて動き始める。
