一穂ミチ、待望の長編新作『アフター・ユー』。大切な人が突然姿を消してしまったら? 悲しみを“乗り越えない”主人公を描いた理由【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/6

直木賞を受賞した連作集『ツミデミック』をはじめ、短編集『スモールワールズ』、長編『光のとこにいてね』などの代表作を持つ小説家の一穂ミチさん。人間の可笑しさや悲しみを繊細に紡ぎ、読者の心を揺らしてきた一穂さんの最新作『アフター・ユー』は、主人公が、突然いなくなってしまった恋人の秘密を追う恋愛小説だ。今回、「不在」や「喪失」をテーマに据えた理由や、小説を書く上で大切にしていることについて、話を聞いた。

失っても人生は続いていく。その先の物語を書きたかった

――『アフター・ユー』の執筆の出発点を教えてください。

一穂ミチさん(以下、一穂):スタートは主人公の人物像です。この作品の前に書いた長編が『光のとこにいてね』という女の子2人の物語だったので、今度はそれとはまったく違う、“さえないおじさん”を主人公に据えてみたいと思いました。青吾という中年の主人公にとって取り返しのつかないものと、それでも続いていく、失った後の物語を書いてみたかったんです。人生がもう上り調子にはならないであろう人が、旅を通じて少しずつ喪失を自分の中に落とし込ませていく物語になったのかなと思います。

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 『アフター・ユー』
『アフター・ユー』(一穂ミチ/文藝春秋)

――大切な人を失った後にどう生きるかというテーマは、以前から関心があったのでしょうか?

一穂:歳をとるにつれて、生き別れることや、死に別れることの重みをすごく実感するようになってきて。何歳であろうと明日も生きている保証は誰にもないのですが、自分も人生の折り返しを過ぎて、人生の秋を迎えたような気持ちになったことで、そういうさみしい話を書きたくなったのかなと思います。でも、さみしいって決して悪いことではないんですよね。

 失った人にはもう会えないし、言えなかったことは胸に残り続けたまま、それでも自分の人生は続いていく。その悲しさを自分で書いて納得したかったのかな、と思います。当たり前にそばにいた人が、突然いなくなったらと想像するとすごく怖い。そういう気持ちを小説に書くことで「こういう悲しみが繰り返されて、そのときはこう思うんじゃないだろうか」という、架空の体験をしたかったのかもしれません。

――そうした物語を書ききったことで、ご自身の中で改めて感じることはありましたか?

一穂:悲しいものは悲しいんだって思いました。死んだ人とはもう二度とわかり合うことはできない、それが現実だから私はそのように書いたんですけど、『アフター・ユー』を読んでくれた年上の友人から「私はあなたより長く生きてる分、現実がそうだって知ってるから、小説ではもっと明るく書いてほしかった」と言われて、なるほどと思いました。いまのところ、この結末を書いたことに自分では納得してるんですけど、10年後、20年後、もしかしたら違う気持ちになるのかもしれませんね。

人が持つ嘘や秘密に興味がある。ずっとそれを書いていくのだと思う

――いなくなってしまった人との恋愛を描く中で、意識したことはありましたか?

一穂:気持ちの整理を簡単につけないことですね。人の気持ちって、昨日ちょっと楽になったのが、今日はやっぱり悲しい、やりきれないっていうことの繰り返しだと思うんです。小説的には気持ちの整理をつけてあげたほうが親切なのかもしれませんが、作中の10日間程度で青吾が心の整理をつけることは不可能ですよね。だから、彼が“乗り越えない”ということは意識しました。表現の上で重複してしまうとしても、思いも寄らぬ事態に混乱する気持ちとか、「なんでやねん」っていう憤りとか、ふとした瞬間にまた悲しみがこみ上げるといったことは、あえて何度も書くようにしました。

――美しいだけではない離島の描写も素晴らしかったです。離島を取材されたのでしょうか?

一穂:作中の遠鹿島(おじかじま)とは漢字が違う小値賀島という島が五島列島にあって、実際に取材に行きました。ロケーションや話に聞いたことがかなり物語に生きています。たとえば歴史民俗資料館というのが実際にあって、作中と同じように島一番のお金持ちの家だったそうです。またフェリーターミナルに町の会報のような新聞が置かれていて、島のいろいろな情報が載っていたのが面白くて、過去を探っていく物語の仕立てに有効だと思い、作中にも「おじかだより」として登場させました。

――行方不明者をめぐる不安な気持ちや、謎解きのスリルも魅力でした。

一穂:「行方不明」という事象そのものに居心地の悪さがありますよね。ずーっとモヤモヤしてしまうという。たとえば、多実が島で交通事故で亡くなったということであれば、青吾は必死に何かを掴もうとはしなかったかもしれないですね。「いない」と「死んだ」はイコールではないので、亡くなったことがわかれば、ある程度、諦めることができるのかもしれないとも思います。

――今後もこうした、ミステリ要素のある長編を書いていきたいですか?

一穂:私はあまり詳細にプロットを作れないので、連載中は、謎を張り巡らせるどころか、辻褄を合わせるのに大変苦労しました。推理小説を書く方はすごいですよね。でも私は人が持っている嘘とか秘密にずっと興味があるので、この先も“どんなに近しい人でも完全にわかり合っているわけではない”という、当たり前のことを書いていくのだと思います。私、人に対してずっと新鮮に驚き続けているんですよね。私の知らなかった面をふと見せられると、意外なときめきがあったりして。これからも、そういう驚きを小説に落とし込んでいくのかなという気はしています。

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