一穂ミチ、待望の長編新作『アフター・ユー』。大切な人が突然姿を消してしまったら? 悲しみを“乗り越えない”主人公を描いた理由【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/6

嬉しいのは、物語の人物の言動が想定をオーバーフローする時

――主人公を書く時に、大切にしていることはありますか?

一穂:話に合わせて嘘をつかせないということですね。「ストーリーラインがこうだからあなたはこうして」っていうことはしません。ストーリーラインから脱線したり、組み替えたりする必要が生じても、その人であることを捻じ曲げないというか。生身の人に接するような気持ちでいます。他人の人生を私がどうこうはできないのと同じで、「あなたはずっと独身でいたい人だって知ってるけど、こっちの都合で結婚してもらっていい?」みたいなことはしません(笑)。

――物語をしっかり固めて書き進めるというよりは、人物が動くままに書いているんですね。

advertisement

一穂:枚数を重ねるとその人についてわかってくるので、だんだんと書きやすくはなります。最初のほうは「こういう時にはなんて言うだろう」とか「どうするのかな」って考えながら書くんですけど、それが自然に書けるようになって、「あ、物語が乗ってきたかな」って安心するタイミングがどこかでありますね。

 生身の人としゃべっていると「あ、こういう人なんだ」ってわかっていくのと同じ感覚です。たとえば、ある人が喫茶店に入る場面を書く時、「この人、何を飲むんだろう?」と思ったら、「意外にミックスジュース!」みたいな時もあれば、普通にコーヒーを頼む時もある。そういう物語の枝葉の部分は、自然に生まれてくるところが大きいと思います。

――小説を書いていて、もっとも楽しいと思う瞬間は?

一穂:自分が想定していなかった方向に物語が転がり出した時や、自分が思ってもいないことを人物が言ったりやったりした時ですね。「この人、こういうことも言うんだ!」みたいな、人物が自分の想定をオーバーフローする瞬間は嬉しいです。自分の頭で考えたんじゃなくて、外からいただいたような、得した気持ちになりますね。

心残りがあるうちは書く手を止めるわけにいかない

――自分とは遠い、たとえば(過去作『恋とか愛とかやさしさなら』を例に)犯罪に手を染めてしまう人を書くような時には、どう解像度を上げていくのでしょうか?

一穂:例で言えば「すごく数学の得意な人」とかは書けないとは思います(笑)。でも、自分から遠い人を書く時でも、精一杯、自分に置き換えてみますね。犯罪であったら、「バレなきゃいいんじゃないのかな」という気持ち自体はわかるな、というところから想像を広げていったり。想像力、妄想する力が仕事につながっています。

――今、一穂さんを小説に向かわせる最大の原動力はなんですか?

一穂:身も蓋もないんですけど、仕事が来ることです。「この編集者の方は、私に書かせてもいいと思ってくれてるんだ」ということが、ずっと嬉しい。だから、体や時間が許す限りお引き受けしたいんです。それと、小説を書き終わった後の「ここがうまくできなかった」「あれをもっとこうすればよかった」みたいな心残りですね。「これが遺作になったらイヤだな」っていう気持ちが続いてます(笑)。心残りを持ち越して次の作品を書くと、また新しい心残りができるので、その上書き、上書きでやってきていると思います。頭も体も動くうちは、心残りがあるまま、手を止めるわけにはいかないですね。

取材・文=川辺美希、撮影=川口宗道

あわせて読みたい

アフター・ユー (文春e-book)

アフター・ユー (文春e-book)

試し読み *電子書籍ストアBOOK☆WALKERへ移動します